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BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

マニラ再訪日記1日目


またマニラにやってきた。

 

これで少なくともあの時(https://www.youtube.com/watch?v=uV1q9NxhNx0)の「I shall return」の約束は果たせたことになる。この言葉は、日本軍にフィリピンで敗北したマッカーサーが去り際に残した捨て台詞であり、彼はその数年後に実際その約束通り逆襲したのみならず、日本にGHQとして君臨し、「戦後日本のレジーム」をつくりあげた……と歴史は語っている。歴史が。だが歴史とは何だろうか? 今月末には天皇皇后両陛下がフィリピンを訪問し、ホセ・リサール公園で献花することになっている。ホセ・リサールはフィリピン独立運動の英雄。これも歴史。だが歴史とは何だろうか? 近年、世界のあちこちの都市を訪れるようになって、自分という存在が歴史と地続きであることを、前よりも体感的に感じられるようになった。様々な島や都市を結ぶ時間の糸として、たぶん、歴史は存在しているのだと今は思っている。

 


今回の出国は少しナーバスだった。マニラは初めてではないから、高揚感が薄れたのだろうか? いやそれよりも何か自分の人生……というか今後の在り方を考えさせられるようなことが最近続いており、そんな時期に3週間も日本を留守にしてマニラに行くということが、現実逃避ではないか、という気持ちが少なからず心のどこかを占めているのだった。

 

正直、ある大口のオファーを引き受ければ、自分は今後数年、編集者としての仕事を辞めて、アーティスト&批評家としてのみで生きていけるだろう。あくまで数年の保証しかないとはいえ。それを自分は望んでいると思っていた。けれど実際そのシチュエーションに直面してみると、実はそうじゃなかったらしい。

 

たぶん創作活動も、批評も、編集の仕事も、アプローチやアウトプットの仕方が違うだけで、根が同じなのだと思う。自分にとっては。結局のところわたしは「他者」と仕事がしたい。それはしかし全方位(すべての他者)にひらくという意味ではまったくなくて、その都度の「他者」とどのようなコミュニケーションの回路をつくりあげていけるか、が自分にとって大事なんだと思う。これがもしもアーティスト1本、あるいは批評家1本ということであれば、わたしはわたしだから……という在り方で、それを好んでくれる「他者」とだけ接続することも可能だろう。それを否定するつもりはない。自分もそういった芸術作品に数多く触れてきたし、それらによって育てられたのだから。

 

だけど、どうやら自分はそういう種類の芸術活動をする人間ではないらしい。どちらかというとカメレオンのように自分の色を変えながら、様々な「他者」と対話の糸口を探っていきたい。そのくせ自分を曲げて媚びるのは大嫌いなので、いかに対等な関係をキープできるかということになり、結果として、たくさんの交渉や喧嘩や対話や面倒事を抱えることになる。

 

で、自分だけなら(それがライフワークだから)いいのだが、この面倒事を、仕事仲間である落 雅季子にまで負わせていいのかという問題が自分の中で大きくなっている。彼女はおそらくもっと透徹した静寂の時間の中で小説を書いたりしたほうがいい人種なのかもしれない。わからない。煩悩にまみれた結果、最終的に瀬戸内寂聴のようになるのかもしれないし……。とにかくBricolaQとしては、もっと人を増やしたほうがいいのかと考える局面が増えてきてしまった。とても、とてもありがたいことに仕事は増えている。でも、立ち止まって考える時間が必要なのかも。

 


……とかいう、今ひとつブレイクスルーのない状態で、ひとりマニラに来たのだった。

 


ともあれ時間は過ぎていくし、できごとは起こる。

 

飛行機を出た瞬間、肌にまとわりつく湿気と温度。ああ、東南アジア

 


さて、待ち合わせ場所にいるはずのサラがいない。幸い、空港のターミナル2の出口付近ではwi-fiが繋がったので、メッセージだけ送って待ってみる。返事はない。しかし1時間ほどで彼女はやってきた。嬉しい再会! サラとは11月にAPAFアートキャンプで一緒に過ごしたばかりけれど、車を運転してくれたクリスとは5月以来。クリスはなんと今度のTPAMに来るらしい。こうやって少しずつ交流が繋がっていることを嬉しく思う。


それにしても金曜の夜、いつにもまして渋滞はひどいものだった。キアポのあたりはまるで北斗の拳スターウォーズかに出てきそうな暗黒都市の様相を呈しており(誇張ではない)、路上には人々が溢れ、露天市が無数にあり、ゴミが散乱していて、その中に人がうずくまっている。ああ、マニラに帰ってきたなと思う。と同時に、このマニラにある圧倒的な貧困と無秩序を前にして、まったく自分は無力だと思い知る。自分はここで何ができるんだろうか? 何のために呼ばれているんだろうか? 無数の車がひしめく中を、クリスの車はすり抜けるようにして走っていく。途中、交通事故も目にしたけれど、事故らないほうがむしろ不思議だと思う。

 

わたしはというと、ジプニー(米軍のジープを改造したミニバス)の車体に書かれた行き先表示を目で追っていた。マニラで『演劇クエスト』をつくるにあたって、交通機関、特にジプニーの存在が気になっている。デュッセルドルフでもトラムとバスを乗りこなすのは大きなステップだった。都市と親しくなるために……。ただしこのジプニー、難易度が非常に高く、犯罪巻き込まれ率も高いらしいので、けっこうな覚悟が必要になる。だから、まずは行き先の地名を覚えたいというわけ。

 

san juan、divisoria、ditiro、v.cruz mabini、quiapo、cubao rale、pantanco、panay、proj2-3、などを識別した。このうちキアポやクバオはすでに知っている。あとはケソンシティに着いてから、ジプニーを路上観察しようかな……。

 


サラが、どこで何を食べたい? と訊くので、ほらあの大通り沿いのレストラン……とリクエストして「Jay-J's」に。ブラーロ(スープ)が美味しい。そして念願のレッドホース! さっそく氷を入れてしまう。ちょっと怖いけどまあいいか。たぶんもうすでに免疫もあるだろう。金曜の夜のせいかJay-J'sレストランは大いに盛り上がっていた。誰かの誕生日らしく、歌と拍手があり、なんと生ライブまで。あれはチカラを歓迎しているんだよ、とサラとクリスが笑って言う。路上では猫みたいに大きなドブネズミが走る。それもわたしを歓迎してくれているという。マシグラ通りは、5月に来た時に比べてコックローチがはるかに少ない。「Where are my lovely cockroachs? やつらはわたしを歓迎してくれないのか?」と訊くと、サラが、ところでキャプテン、この世界に人間とコックローチとどっちが多いと思う? あなたはわたしより年長だからもちろん答えを知っているよね、といたずらっぽく笑う。

 

愛犬のユキは相変わらずよく吠える。JKの家はキレイに片付いていたけれど(家政婦アテ・アイリーンのおかげだろう)、相変わらず水が出なかったり、すぐに詰まったり……。今回もアイサ・ホクソンの部屋に滞在させてもらうことになる。涼しい。扇風機がなくても平気なくらい。とはいえ疲れのせいか熱っぽいのでいちおう冷えピタは貼っておく。隣りの家ではパーティで大騒ぎ。しかし夜中には静かになり、ぐっすり眠ることができた。ネットもないから安らかに眠れる。拡張された自我は消え去り、単なるひとりの人間として、この南の都市にわたしはいる。シンプルなレゾン・デートル。マニラにはただ人間がいて、愛がある。誰かと誰かがくっついたり離れたりしている。セ・ラ・ヴィ。だからまたここに来たのだと思う。夜中に一度目が覚めたら、鶏がコケコッコーと鳴いていた。たまにユキが吠えた。

 

 

 

 

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