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BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

マニラ再訪日記9日目


朝、鶏や豚の鳴き声でおのずと目を覚ます。隣の豚小屋で宿の女性が仕事しているのがテラスから見える。彼女は耳が聴こえないそうで、読唇術で会話する。朝ごはんは豚の腸詰め。これまた美味しい。

 

チームA(武田力、ハンジョン、ミカ、眞理子さん、わたし)とチームB(石神夏希、エキ、リリー、ロジャー)に別れて行動。チームAはジプニーに1時間半ほど揺られてバグネン(Bagnen)村へ。途中から道幅が狭くなるものの、ジュンは凄いテクニックでその崖っぷちの道を通っていく。ジプニーの車体の上に乗って見ると、なかなか恐ろしい。我々は彼の運転に命を預けているのだった。

 

やがてバグネン村に到着。テンションの高い先生……実はシャーマンでもあるらしいその先生に案内されて、ゲストハウスでコーヒーとパンをいただく。コーディリエラの人たちにとってコーヒーは大事な時間であり、情報のやりとりはここで為されるという。豚の頭部の骨がいくつか飾ってある。これは母親が死んだ時、これは父親が死んだ時……と、人生の節目節目でもらったものだという。


15分の演劇と、5分ほどの音楽作品を観てコメント。今回のコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)の企画では学校ごとに環境問題に関するテーマが割り当てられており、ここバグネン村は「森林破壊」。ストーリーは、バグネン村の名前の由来、森林伐採による変化、そして村の会議で植林を決めるというもので、最後は伝統的なダンスを踊って終わる。他の学校も基本的にこのパターンで、歴史→問題発生→解決、という時系列に沿ったオーソドックスなもの。しかし彼らにとっては初めての演劇でもあり、とにかく人前で上演してみるのが大事だと思う。そこでわたしは、ステージ空間の広さを意識することと、観客との距離が遠すぎるのでもっと親密な関係を築いてほしいとコメント。りっきーも観客といかにシェアできるかだよ、と話す。若いハンジョンはファシリテートがとても上手なので、細かいシーンの稽古は彼にお任せする。彼はタガログ語でコミュニケーションをとっていたが、この地方はカンカナイ語が母語で、他部族との交渉はイロカ丿語、また1900年頃から聖公会の宣教師(と聖書)によって英語が入っているという。

 

それにしても、なんだろうかこの楽しさは。子供たちは生き生きしているし、村の人たちも遠巻きに見守っている。

 

マウンテンポリスという山をシャーマン先生が案内してくれる。彼女は途中で植物や果実を見つけるとそれをひとつひとつ身振り手振りで解説してくれるのでなかなか先に進まない。ようやく山頂にたどり着くと、そこは360度パノラマの絶景だった……。子供たちが何人か我々の後をつけてきて、先生に怒られる。が、意に介さず彼らは洞窟探険へと向かい、そのうち隣村の子供たちに見つかって逃げてきた。喧嘩でも始まるのかな、と呑気に見物していたのだが、なんだかんだで最後は子供同士、一緒になって洞窟でベリーの実を見つけてきた。

 

しかしマウンテンポリスの向こう半分は焼けて黒い土になっている。あちら側の部族の子供が焼いてしまったらしい。だがそれも建前かもしれないとのこと。子供がやったことにしないと大人同士の抗争に発展しかねないからだと……。

 

後でエキと眞理子さんに聞いたのだが、コーディリエラの部族たちのあいだでは、警察権力よりピースバック(村同士の取り決め)のほうが重要な意味を持っていて、さらに北のカリンガ地方では村同士の抗争(殺し合い)が今でも起こっているらしい。それを思うと子供たちの喧嘩も笑えない。この子たちがすくすくと育つことを願う。

 

 

バグネン村を後にして、すべての建物がピンクという不思議なニュータウン、オトカン(Otocan)を訪れる。オトカンは丘の下にあったが、地盤沈下が発生したため、政府がこの高台の上へと転居を命じたのだという。しかし約350世帯のうちおよそ50世帯しか移住しておらず、7分の6は空き家になっている。ピンクが気に入らなかったのだろうか……? 学校も病院もない空洞の町。まるで廃墟のようだと最初は思ったが、サリサリ(商店)の女主人にインタビューしているあいだに子供たちが三々五々集まってきた。話しかけてみると、我々をデイケア(保育園)へと案内してくれるという。子供たちはわたしを見て「中国人のオカマだ!」と笑っている。理由を訊いても「だって知ってるもん」の一点張り。まあいいか。鬼ごっこをして遊ぶ。夕陽が沈み、きれいな満月がぽっかりと浮かぶ。この子たちはいずれ、このピンクの町を故郷だと感じるのだろう。この風景が、彼らの原風景になるのだ。

 


両チームで合流して振り返りミーティング。眞理子さんから、我々の仕事はあくまでもモニタリングであってディレクションではない、という話があらためてある。とても大事な話しだったと思う。いったんひらかれた「演劇」という窓を通して介入することはある意味簡単だが、それはひどく暴力的なことにもなりうる。それは彼らの身体や声を塗り替え、伝統・風習・生活・エートスを破壊してしまうかもしれない。さらにもしも我々が出すぎた「指導」をして先生の威厳を損なってしまったら、それはコミュニティを維持している秩序を崩してしまうことにもなりかねない。だからわたしとしては、まずは演劇をエンジョイしてもらえればいいと思う。それで演劇の楽しさにハマることがあったら、そこから彼ら自身の演劇を育んでいけばいい。中古車を払い下げするような形で、我々にとっても古くなった様式を今さら押し付ける必要はない。

 

 

シャーマン先生によると、バグネン村にはかつて「星が泳ぐ湖」があった。ある時、星が女の姿をして湖で泳いでいるのをバグネンの男が見初め、結ばれたのだが、男は彼女の翼を隠して天に帰れないようにしてしまった。けれど結局はその翼も見つかってしまい、星は天に帰ってしまった。日本の羽衣伝説にそっくりだ。私たちバグネンの女たちは星の血をひいているの、だから美しいのよ、とシャーマン先生は微笑んでみせる。

 

 

 

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