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BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

マニラ再訪日記5日目

 

朝の5時半、隣りのロッジが大盛り上がりで目が覚める。子供たちがセレモニーに向けて士気を高めているのだろう。我々もサッと身支度をして外に出てバスを待つ。近くのバラックに住む幼な子たちが、我々のことを遠巻きに見守っている。マガンダン・ウマガ(おはよう)と話しかけると喜んでくれる。

 


マキリン山の校舎に続く、PHSA(Philippine High School for the Arts)第2キャンパスの敷地見学セレモニー。草だらけでまだ何もない状態。1977年、この学校の創設者イメルダ・マルコスは開校時のセレモニーで、草が茶色なのを見咎めて「緑に塗りなさい!」と命じたという。ダンサーたちの衣装がみるみる緑に染まったそうだが、いかにもイメルダの権勢を語るエピソードである。彼女がどこかの島をどうにかするために子供を生け贄にして血を注いだ‥‥とかいう都市伝説もあるらしい。


今は裾を緑色にする必要のない子供たちが踊りながら、米、水、塩、竹‥‥を捧げていく。カトリックの神父がスピーチで、PHSAは「Perform with Heart, and Serve agility」の略でもある、と演説する。しかしニコちゃんことニコラス君は「ハートもいいけどテクニックも大事だよね」とあっさりしたもので、それを聞いた先生のJKは微妙な表情。


JKのかつてのルームメイトだったポンさんが、ミンダナオ島の生徒たち20人くらいを連れてきた。スピーチマイクを振られたポンさんは、嫌がるJKを壇上に呼び寄せて、自分がアルトをやるから君はソプラノをやれと言って無理にハモらせる。JKは生徒たちの温かい失笑に包まれることになり、「なにこれ!? ポンさん後で殺す!笑」と日本語で息巻いていたが、ポンさんの暴走はそれで終わらず、ミンダナオ島の生徒たちひとりひとりを紹介して、PHSAの生徒たちとお見合いさせる謎のパフォーマンスを行うのだった。しかも君たちの好きなテロリストが‥‥とかいう笑えないブラックジョークを飛ばしながら‥‥。ミンダナオ島はスペイン支配が始まる以前の15世紀からすでにイスラム圏であり、1970年代から紛争が続く地域でもある。ポンさんは子供たちに何かを伝えたかったのかも。


校長のヴィン先生もまた愉快な人で、歓待の精神に溢れている。我々のことを「日本から来た客人です、ようこそ」と言って全校生徒に紹介してくださった。鷹揚だけどやる時はやるぜ、っていう雰囲気の大人たちがこの学校には多い。かのNHKオタク、ヴィクトール先生も、ビートルズの曲がかかると陽気に歌って踊りだすのだった。しかし後でwikiで調べてみたところ、イメルダ夫人ビートルズはかつてひと悶着あったらしく、ジョン・レノンは「あんなイカれた国には2度と行くもんか」と言い、ジョージ・ハリスンは「次にフィリピンへ行く時は原爆を落としに行く時だ」などという不穏当な発言で怒りを表明していたらしい。DJは皮肉のつもりで選曲していたのだろうか?

 


帰りのバスの途中で降ろしてもらい、「バヤン(Bayan=町)」行きのジプニーに乗り換える。スッと身体が動くようになってきた。ここロス・バニョスの市場はケソンシティのそれともまた雰囲気が違っていて、もっと牧歌的。日本人はよほど珍しいらしく、女子高生や市場のおばちゃんたちにさんざん冷やかされる。もはや町じゅうの人全員がこちらを見てくるので、ここまで目立つとむしろ安全かなと思う。誰も敵意は示さない。むしろ好意的。だが「アニュハセオ〜」とか「コリアン?」とか言われる。

 

りっきーが市場の裏通りを「なんとなく気になりますね」と言うので、そちらに歩いていく。行ってみると廃駅がある。幼い女の子が屈託のない可愛い笑顔でこちらを見て話しかけてくる。柵の向こう、旧駅舎の中では男たちがビリヤードに興じている。タガログ語で「韓国人か?」みたいなことを言われたので「日本人だよ!」と叫び返す。すさんだ雰囲気はないので恐怖は感じない。何より子供の笑顔が大きい。この子たちがいるかぎり、我々の身は安全だと感じる。マニラだとこうはいかない。子供に物乞いされないのがこんなに嬉しいとは‥‥。

 

そのまま線路をたどってみる。線路沿いに住む人たちが親しげに声をかけてくる。井戸端会議中のおばさんたちに、この道は抜けられますか?、と訊くと、遠いけどハイウェイに出るよと教えてくれる。「気をつけてね!」と英語で。てくてく歩いていくと、子供たちが廃線跡でトロッコを走らせている。乗るかい?、と訊かれたけど、どれだけお金を取られるかわからないなと警戒してとりあえず様子を見ていると、トロッコに大人を乗せてぴゅーんと通りすぎていく。小銭を稼いでいるのか、それとも単に遊んでいるのか。とにかく子供たちは元気いっぱいだ。

 

ハイウェイに出て、福岡里砂さんに勧めていただいたカフェ・アントニオに行ってみる。マンゴーシェイクがめっちゃ美味い……! 気力と体力を回復し、また裏通りを歩いてみる。通りを行くほぼ全ての人と挨拶する。挨拶を交わすことで、お互いに敵ではないことが証明される。

 

「ミント」とか「ローズマリー」とかいう素敵な名前のついた路地群に入る。奥は獣道になっている。入ってみると、近所の住人らしいおばさんが、この先はただ民家しかないよと教えてくれたが、行ってみることに。川沿いの貧しいスラムだった。数匹の犬にあっという間に囲まれる。一瞬怖かったが、子供たちがすぐに追い払ってくれた。サラマト……。しかしこのへんが潮時だろう。ほとんどのことに動じないりっきーも、ここらへんまでが良さそうですね、と言うので町のほうに帰る。

 

路地を少し入った食堂でシャワルマライスを食べる。サラダぶっかけご飯。野菜がたくさん入っているのが嬉しい。55ペソ、つまり140円くらい。ささやかな幸せを感じる。ふと見るとビアガーデンのようなものがある。行ってみるとwi-fiも使えたし、ビール1本が40ペソくらい。いいじゃない……。

 

正直このロス・バニョスで『演劇クエスト』をつくってみたくなった。というか今日歩いたルートを繋ぐだけでも核はつくれそう。とはいえ一度冷静になって他の都市も見てみよう。明日にはケソンに戻るし、明後日にはバギオへと発つのだから。

 


ビールをお土産にゲストハウスに戻ると、隣りの家でヴィクトール先生がひとりぽつんとテレビドラマを観ている。背中がシュールだ……後で呑みましょうね、と声をかけ、シャワーを浴びてから先生を呼んで宴会に。そのうち稽古を終えたJKが「つかれましたー!」と言いながら帰ってくる。いろいろ話しているうちに人生と芸術をめぐる熱い話になる。子供たちの中では時々序列というか権力関係ようなものが生まれることがあるらしく、そんな時にJKは「自分は劇団の主宰だけど、俳優が疲れてる時は俳優の下着を洗ってあげることもあるし、コーヒーだって淹れてあげてるんだよ!」と諭すらしい、笑。ヴィクトール先生はといえば、お手製のココナッツワインを呑んで絶好調。ダンスを意味するタガログ語には、型を指すsayawとグルーヴを指すindakとがあり、後者こそがway of lifeなのだ‥‥!と言ってのけると突然踊り出す。「ボルテスV」という日本のアニメがかつてあったのだが、日本では忘れ去られているもののフィリピンでは爆発的な人気を誇り、しかしマルコス政権時代に放送禁止にされたらしい。なぜならそれは革命を想起させるからだと。しかしこのアニメ、反日感情などにも晒されて大いに物議を醸したらしい。忘れられていくもの。歴史の闇。だけどそれは今まざまざと、この人生で遭遇するものとして感じられる、少なくともここフィリピンでは。そういえば「Life」という言葉を彼らはよく口にする。酔いの中で名前を失念してしまったが、フィリピンにおけるビートたけし的存在という人が、次のように発言したらしい。

 

「Television is Furniture, Movie is Art, Theater is Life.」

 

 

 

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