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BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

デュッセルドルフ11日目 2015年10月22日(木)

  
朝、目覚めると、キッチンで2人の女性の声がしている。アストリッドさんの声ではない。さては噂の同居人か。彼女は昼夜が不定期な仕事らしく、まだ顔を合わせていないのだ。ドイツの他の地域から出稼ぎにきているとアストリッドさんからは聞いている。寝癖だけ整えて部屋を出ると、果たしてその同居人と母親だった。彼女は見たところかなり若い。まだ10代かもしれない。美しい娘であり、母親が心配して見に来るのもわかる。
 
今日はアッカー通りのほうを攻めてみる。途中、教会があり、なんとなく気になって裏手に回ってみると樹の上に秘密基地のようなものを発見。嗅覚がようやく出てきた。リヒト通りとホーフフェルト通りが交差し、そこにフルール通りが突っ込んでいる五叉路に行ってみる。なぜかこの場所には前から惹かれるものを感じている。その誘惑の正体を確かめるべく少しその周辺をぐるぐる回ってみる。半ば正気を失った感じの男がじっとこちらを睨んでいるので、気づかないフリをして足早に通り過ぎる。
 
ドロエーテン通りに出たところのカフェで、サンドウィッチとコーヒーを。今日も雨だ。でも先週に比べればだいぶ暖かい。やはりトラムの1日乗車券を買い、サッと2駅先のエルクラーター通りで降りて西へ。線路の上からの長めが良い。そのまま進めばタンツハウスだが、旋回してモスカウアー通りのほうに進む。アイサ・ホクソンが以前タンツハウスで公演した時に、近くで人が集まって呑んでいる広場を見た、という情報をくれていて、たぶんそれはヴォリンガー広場のことだと推測されるのだが、いちおう反対側の道も知っておきたかったのである。
 
公園の中を通って雰囲気のある門をくぐると、そこは数日前に歩いたケルナー通りだった。なるほど、こう繋がるわけか……。そこからもうひとつの公園に入っていく。そこに立った時、あるひらめきが降りてきた。うん、これはいけるかもしれない。仮説を確かめるようにして、公園内のいくつかの場所を吟味した後、とにかく嗅覚のするほうへと行ってみると、また不思議なオブジェを発見。そこは中央駅のすぐ裏側だった。なるほどなるほど。調子が出てきたのでさらに気になるほうへ進んでいくと、また面白い場所を発見……。
 
そしてクルップ通りからトラムに乗ろうとすると、ネギのはみ出たカートを押した老婆がドイツ語で話しかけてくる。カートをトラムに入れる時、手伝ってねということらしい。降りる時も頼むよと言われたのだが、わたしのほうが先に降りるのでごめんねと言って数駅先で降りた。なぜここにいたかというと、先日のワークショップに参加してくれた鄭晶晶さんが以前デュッセルドルフに来た時にここで面白いものを見たと言っていたので確かめたかったわけだが(要するにわたしの探索はいろんな人の口コミによって成り立っている)、果たしてそれはあった……。
 
その少し先にコペルニクス通りという名前があったのもなんだか縁起が良い。『演劇クエスト・デュッセルドルフ編』のイメージはかなり明瞭なものとして浮かんできたのだった。wi-fiを拾って日本にいる落雅季子に連絡し、ひらめいた構想について話す。いいんじゃないかということで支持を得たので、あきこさんにも連絡。とりあえずの方針が、ついに定まった。
 
 
ラムウンタービルクを抜けて、ライン川沿いのハーフェンを目指す。ノイッサー通りの一角が素敵だったので、「Papa Yong」という韓国系料理店でランチ。美味しかったうえに店員の青年の好感度が非常に高い。グラットバッハー通りからネッカー通りに入ってエアフト広場へ。そこからライン川に出ると、ホテル・ハイアットがあり、ラインタワーを一望できる。ホルツ通り沿いには不思議な廃墟があった。そしてフリングス通りへ。このままハーフェンを踏破するつもりだったのだが、左手に高架下のゲートがあり、ちょうどご婦人がそちらに入っていったのに導かれるようにして、進路変更。ハム駅をくぐり抜けると、畑の中に教会がそびえたつ牧歌的な風景がひろがっていた。すでにだいぶ歩き疲れていたけれど、せっかくなので教会前の広場を散策してみる。なかなか味わい深いヨーロッパの田舎町といった風情。
 
 
708系統のトラムで中央駅まで戻り、707に乗り換えてTENTENカフェで少し仕事。再び703のトラムに乗ってFFTのJutaへ。いよいよニッポン・パフォーマンス・ナイトが始まる。アサヒビールが無料で振る舞われる。普通のスーパードライではなくプレミアムなやつだった。山下残さんとTPAM以来の再会。ケルンから来ていた国際交流基金の金子さんという方とも少しお話する。ケルン、訪ねていきたいなあ……。
 
 
オープニングは松根充和&マキシム・イリューヒン『客観的なものの見方』。AからZまでのアルファベットがイメージするものをめぐっていく旅。英語での上演だが、それが母語ではない共通言語である、という認識がおそらくは為されていて、だからこその美しいラストシーンになっていた。
 
いわゆる「演劇」でも「ダンス」でもなく、日本ではあまりお目にかかれない種類のパフォーマンスだったと思う。いつからそうなったのか、日本の舞台芸術においては「強度」や「完成度」が重視されるような風潮が良くも悪くもできてしまっている。それらは確かに観客の心に強く働きかけるものではあるのだが、一方では、不確定要素を排除してみずからの「作品」の中に閉じこもっていく傾向をももたらしてはいないだろうか。いや、もちろんそれを簡単に否定することもできないし、日本人の緻密で生真面目な性格におそらくその傾向はフィットしている。それはしかし日本人が「日本人」として完結していくことともパラレルではないだろうか?
 
 
ヴッパタール舞踊団の素敵なペーターに車で送ってもらって次の会場へ。ミキ・ユイによる現代音楽のライブ。静謐な世界だが、ストイックに閉じているわけではないのが良かった。後でスコアを見たら万華鏡のような状態になっている。時報の声が印象的だが、御本人によれば、もうずいぶん前の作品をつくった時に世界時計からサンプリングした音源だという。どうりで「ホノルル」という声が入っていた。ホノルルかあ。暖かいんだろうな。
 
しかしデュッセルドルフもこの夜はずいぶん暖かくなっていたのだ。ライブハウスの外で何人かの日本人、そして謎のベトナム人のハンさんと、ハンさんのおごりの白ワインをずいぶん遅い時間までわいわいと呑む。ハンさんはサイゴンから出てきて34年になるという。ホーチミンの出身ですか、と訊いたら違う、サイゴンだ、と彼は言った。ホーチミンに改名されたのは40年前だから、ハンさんの心の中ではまだサイゴンなのかもしれない。それにしてもいろんな人がいる。開演前には台湾出身でヨーロッパ旅行中の、ドキュメンタリー映画を学ぶペニーという学生にも会った。長く住んでいる人もいれば、通りすぎていく人もいる。そうした人たちによって都市は成り立っている。
 
だいぶ呑んで騒いで、家が近いというある日本人夫妻と一緒に夜の町を歩いていく。異国で身を寄せあって生きている人たちがいる。
 
 
 
 
 
 

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