BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

20130507 岸辺

 

最初は近所の喫茶店で。のち、弘明寺まで自転車を走らせて、仕事。世の中から雲隠れしているような気分になる。そしてそれこそは望むところでもある。

 

不安がないわけではない。それは夢にもよく現れている。人生をどこかで間違い続けているのかもしれない。けれども、ある選択をした(あるいはしなかった)ことによって、今がある。それを否定する必要は感じない。ただ、こんなに劇的じゃなくても大丈夫だよとは思う。

 

そういえばこないだの薫子と話で、自分には「退屈」という感覚がほぼないのだと気づいた。毎日何かしらのことが起きる。起きてしまう。これは性分なのだろうか。実は趣味が多いというのもある。お金がない時でも、さいあく、図書館にいけばなんとなかる、と思っているし、実際、そうやって過ごした時期もあった。

 

 

ところで、「誰とどのように生きていくのか?」は、最近のわたしのテーマのひとつだと思う。ここ最近は特に、周囲の友人たちが次々と結婚していく状況があり、この加速ぶりはいったいどうしたものかと思うくらい勢いが凄いのだけども、そういった状況下で「取り残されていく」感もありつつ、一方では、怪我をした時のように様々に救いの手を差し伸べてくれるひとたちもいて、自分が思っていた以上に「ひとり」ではなかった。つまり、「誰かと一緒に生きる」ということを、もっとゆるやかに受け止めてみたいとも思うのだった。目先の寂しさとかではなく。

 

安定か放浪か、ではなく、ただ、あるようにある、という選択肢(状態)もあるのではないか。もちろん、ある明確な覚悟というものが、人生を変えるということも知っている。決める、ということが、人生をひらくこともある。しかしカタチは様々だ。決定的な選択を逃しているように見えて、実は、何かをたぐり寄せているということも案外あるのかもしれない。

 

数日前に見た「船に乗り遅れる夢」はなかなか強烈だったのだが(これまでに乗り遅れた「船」の数々がフラッシュバックするような体験だった)、考えようによっては、あれは「岸辺に残った」とも見える。岸辺というのはなかなかに面白い場所だとも思う。もっと魅力的に見える場所はたくさんあるのだが(海とか、対岸とか)、ここはここで、大事な場所だったりするのかも。

 

他人とか関係なく、やれることはまだまだあるな。