BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

ブログキャンプ in F/T終幕

 

*ブログキャンプ in F/T終幕

 

チューターを務めたブログキャンプ in F/Tが終幕した。一定期間ひとつところに集まって、終わったらパッと解散してそれぞれの日常&リズムに戻っていくこの感じ、わたしは好きだなーと思う。ちょっと「モブ」っぽい。

http://blogcamp-festivaltokyo.com/

 

キャンプメンバーにはひとりの脱落者も出なかった。正直、最初に主宰の岩城京子さんからゴリゴリの参考文献リストが届いた時、血の気の引いた人は多かっただろうし、内容的にもかなりハードな日々だったけれども、みんなよく乗り切ったなあ……。深夜にツイッターを覗くと、参加メンバーが半分ゾンビ状態でぶつぶつと呪詛の言葉を吐いているのを見て心配したりもしたけれど、とにかくクリアしましたね。

 

それにしても、自分の目で観て、考えて、書いて、それをそれなりの社会的注目度を浴びた環境下で発表して世に問う、という試みはこれまで日本ではほとんど為されてこなかったのではないか。女性の書き手が多かったのも意外だった(とはいえ、数少ない男子2人も良い仕事をしたのではないでしょうか)。

 

様々な人が注目をしてくれていたみたいだし(一ヶ月間でページビューは25,226、計95本もの記事がアップされた)、新しい言論空間の可能性を感じさせる試みになった。もちろん、参加メンバーにとっては大きな成長の場にもなったと思う。やはりチャンスを与えられると人は伸びていく。ひとつ苦言を呈するならば(これはそのままわたし自身にも跳ね返ってくるけれど)、もっともっともっと死にもの狂いで本を読んでほしいなと感じた。生きた言葉(情報)だけではやっぱり足りない。死んだ言葉(書き言葉)をインストールしまくることで、参照項となる固有名詞やエピソード、それに文体や語彙のバリエーションも手に入れることができると思う。そうすると、目の前の作品の解釈に終始するだけではない、別の視野もひらけてくるはず。もう一歩踏み込んで考えて、「扉」を開けるような力が身についてくるだろうなとも感じた。

 

このキャンプから将来有望な書き手が現れてくるかもしれない。そうなった時に日本は多少は良い国になれるのではないか、と期待をしている。とにかく、人が育つには時間とコストがかかる。この仕事(編集者)をしていると痛感するけれど、ほうっておいても人材が勝手に出てくる、ということはほぼ無い。誰かが環境やルートをつくっていかないと才能だって育たない。ただしそれはレールの引かれた至れり尽くせりの無菌的英才教育学校をつくるということではないのだと感じる。野蛮さが必要だ。特にこれからの混沌とした時代は……。その点、今回のブログキャンプは、なかなかに野蛮だったのではないかと思う。実際にテントこそ張らなかったものの、気分的にはそれに近いものがあった。

 

ブログキャンプのこの試みは、今後も何かしらの形で継続されていくのかもしれない。そうなった時には、また新たなモチベーションや注目が集まることだろう。わたし自身が今後関わるのかどうかとかは何もまだ分からないし決まってもいないけども、個人的にはおかげさまで宿題を得たので、まずはいったん自分のフィールドに戻って粛々と力を蓄えることにします。

 

最後に。素敵なキャンプメンバーたち、面倒見てくださったF/Tスタッフの方々や他のチューターのお2方、それから作品をつくってくれたアーティストたち(その活動がなければ批評は存在しえない)、読者のみなさん、そして何よりこうした画期的な試みを企画運営し、誘ってくださった岩城京子さんに感謝したい。彼女の行動力と知性と勇気にはまったく敬服!