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BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

2016年5月12日、追悼

diary

 

今日5月12日はある人の一周忌で、花を捧げに行こう、と出かけようとしたその矢先に、ある演出家の訃報に接した。遠からずそうなるだろう、と予期していたけれど、やはりショックを受けたのは事実だった。偉大な、とか、世界の、とか、冠をつけたくなるような人ではあったのだろうけど、なんとなく、ただのひとりの演出家、ただのひとりの演劇に魅入られた人であると受け止めて、今はお悔やみを申し上げたいと思う。


彼はわたしにとって高校の先輩であるらしかったが、歳が離れすぎていてそれは実感できない。しかしいつか、たぶん同じあの校舎で過ごしたであろう日々のことを聞いてみたいという気持ちは少しだけあった。インタビューさせていただいたのは4年前のことで、しかしその頃のわたしはまだ今に比べればペーペーだったと思うし、結局、高校が同じという話はしなかった。今もわたしはペーペーに毛の生えたようなものだが、あの頃よりは多少はマシになったかとは思う。でもいつかもっときちんと力をつけて、いち批評家といち演出家として、対等に話せるような日が来ればいいと、心のどこかで思っていた。あの巨人と。こんな考えはさすがにおこがましいだろうか? だけどもちろん、そんな日はけっして訪れないだろうということも、よくわかっていた。


そのインタビューの日に、稽古を見せていただいた。灰皿を投げる、という世間に流布された噂に比べればはるかに優しかったとはいえ、かなり厳しい叱責の声が、若者たちに向かって飛んでいた。その言葉のベクトルはしかし、若い俳優たちにのみ向けられたものではなかった。わたしも含めたごくごく数人の見学者に向けて、語られているのだ、と感じた。サービスだった、とも言えるし、彼の演劇観を、そうやって、やはり若いぺーぺーであったわたしのような者にも、伝えようとしているのだ、とも感じた。そのことにわたしはとてつもなく感動した。そうやっていろんな人に、彼の遺伝子は伝播していったのだろう。もちろん、舞台を通じても、そうだったに違いない。

 

 

呑み屋で、おっさんがニュースを見て、ああこの人亡くなったのか、俺、演劇って観たことないんだよなあ……とつぶやいている。演劇を人生において一度も観たことがないこのおっさんでも、その名前は知っている、というような人だったのだ。たぶん、今夜ほど、演劇、という言葉が、日本全国でささやかれた夜はあるまい。今後もきっと絶対にないだろう。1970年代、仲間たちと袂を分かった時、彼が夢見たのは、こういう世界だったのだろうか。何を考えて決別したのか。あるいは、されたのか。


わたしは、わたしの名前なんて知らなくていいから、この目の前にいるおっさんに、演劇に触れてほしいと思う。いや、もうこのおっさんはもしかしたら無理かもしれないが、せめてもっと若い人たちには届いてほしいと思う。


いや、そう思いながら、演劇、というこの麻薬のような言葉も、これからはもっと溶けていくのかもしれない。1960年代の政治の季節、アングラ華やかなりし頃はきっと、演劇、というのは魔法の言葉で、彼も含めた多くの人々を魅了したのだろう。ほとんど悪魔のように。その悪魔の言葉が耳元で囁かれることによって、何人かの連中は狂ってしまったのかもしれないし、実際、それによってもっと多くの人たちが、その狂った世界に巻き込まれていくことになった。もちろんそれで救われた人もたくさんいるだろう、悪魔の所業によって。そう思うと、彼は、みずからの魂を売ったと仲間に思われても、そのことと引き換えに、もっと多くの人の魂を救おうとしたのかもしれない。わからない。わたしなんかがとやかく言える筋合いのものでもない。落とし前は、上の世代の人たちが、自分たちの手でつけてくれればいい。あるいは別の誰かが。


Sさんが亡くなられた時と違って、もっとこの人の話を生きているうちに聞かなければいけなかった、という後悔は、不思議とない。どこかで、それは自分の仕事ではない、と早くから思ってしまっていたのかもしれない。いや、それも本当だろうか……? ぽっかりと、大きな穴があいたのを感じている。たくさんの人の心から。それを埋められる人はいないだろう。日本の演劇は、この穴を永久欠番にして、永遠に、その不在を感じていくしかないのだと思う。

 


ご冥福を心からお祈りいたします。

 

 

 

 

 

 

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