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BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

マニラ再訪日記15日目

 

金曜日。朝起きるとりっきーがいない。近くのカフェにいると言って名前が記されているが、不親切にも「very near」としかヒントがない。フィリピーノなら確実にストリート名を書いてくれるのだが、まあ散歩する良い口実になるか、と思ってしばらく歩き回る。まったく「very near」じゃないところにそのカフェはあった。

 

りっきーと、カラヤン通り沿いにある小さな市場へ。ふらっと路地に入ってみる。そこは完全なスラムで、行き止まりになっている。暮らしぶりはかなり貧しく、およそ清潔とは言いがたい。明らかによそ者である我々の侵入に対して、住人も戸惑っているようだ。どこに行くんだね、と老婆が声をかけてくる。

 

正直わたしはフィリピンのスラムに惹かれているのだと思う。それは彼らの生活が、そのおそろしい貧しさにもかかわらず、何か生き生きとしたものを孕んでいるように見えるからだった。すごく簡単な物言いをしてしまえば、日本社会がその清潔さや物質的豊かさと引き換えに失ってしまったものがここにはある。もちろんそれは理想郷からはほど遠いディストピアであり、日本がこの貧しくも活力のある世界に戻れるとは思えないし、わたし自身スラムに住みたいとは思わない(りっきーはちょっと思ってるかもしれない)。

 

『演劇クエスト』を使って、参加者をスラムに連れていくことはできる。参加者の安全やモラルを考慮しなければそれは簡単である。しかしフィリピンの人々は、この現実を知らないわけではない。見て見ないフリはしているかもしれないが、少なくともJKたちはこの現実を知った上で、自分たちに、そしてアートに何ができるかを探っているのだと思う。

 

 

石神ちゃんをホテルで拾ってラルフと合流。今日は彼に「ジプニー先生」になってもらうのだった。もちろんジプニーの止め方、降り方、お金の払い方などはすでに知っているが、ケソンは複数の路線が入り乱れており、乗りこなすのはかなり難しい。しかしラルフは日常的にジプニーをかなり使っているらしく、地図も読める(前にも書いたが、フィリピーノは地図の読めない人が多い)。

 

3回乗り継いで、靴の町・マリキナへ。ケソンとはだいぶ雰囲気が違う。まず自転車専用レーンがあり、川沿い限定だけどレンタサイクルもある。レンタサイクルショップのおかみさんは旦那が日本人だといい、群馬に住んだことがあるとのこと。いわゆるジャパユキさんなのかも。……ともあれ自転車に象徴されるようにこの町では健康志向が強いようで、巨大なスポーツジムもある。一歩入るといい感じの路地(eskinita)があるし、雰囲気満点の巨大なアーケード市場もあって、なかなかに居心地はいい。少なくとも、歩いてみたいという気持ちになる。人々もわりとフレンドリーで、遊技場でビリヤードやダーツをしていた人たちと一緒に写真を撮ったりする。

 

奇妙なのは(この国では滅多にないことだが)ゴミがほとんど落ちてないということ。後で調べたところ、前々市長のバヤニ・フェルナンド(Bayani Fernando、通称BF)の政策によって厳しい罰金が課されたらしい。BFは1992年から2001年までマリキナ市長を務めた後、当時のアロヨ大統領にその手腕を買われ、マニラ首都圏開発庁(MMDA)の長官に就任。露天商やストリートチルドレンなどの取り締まりを強化したために、貧しい人々からは憎まれているという。ネットで情報を集めたかぎりでは、MMDAの態度はかなり横暴らしく、BFはヒトラーとすら呼ばれている……。ちなみにマリキナ市はそのあとBFの妻が市長を務め、現市長のデル・デ・グズマン(Del de Guzman)もBFの副市長だった人物である。

 

BFは未登録の不法労働者も取り締まったため、関税撤廃のために国際競争力を失っていたマリキナの靴工場は大打撃を受けたらしい。大量生産の安価な靴という点では中国製に勝てないので、今は高品質のブランド化という方向に舵を切ろうとしているようだ。果たしてうまくいくのだろうか。もう少しこのマリキナという町のことを探ってみたい。

 


再びジプニーでカティプナンまで戻り、歩いてアテネオ大学へ。クリスことクリストファー・アロンソンがパフォーマンスをやるというので行ったのだが、これも行ってみると3本立て。クリスのソロパフォーマンスは悪くないけれど、もっと何か外的要因(インストラクションなど)が入ったほうがいいと思う。

 

問題はその後で、2本目はニュージーランドに留学してきたという女性パフォーマー。日本の売れないお笑い芸人が無理してる感じで、とても観ていられたものではない。次の演目も内輪感が漂っていてイヤな予感がする……。参加型演劇らしく、休憩中に、好きな歌詞のフレーズを書いてください、と紙を渡される。もちろんできなくはないが、すでにかなり心が閉じているので、「日本人だから歌詞とかわからない」と断ると、まあそんなにぴりぴりしなさんな、次はもしかしたら学生時代の毛皮族みたいなヤバイやつが観られるかもしれませんよとりっきーにたしなめられる。確かに、気持ちを入れ替えるようにしよう……。しかし始まってみたらやはり悪夢だった。即興演劇だがレベルがあまりにも低く、りっきーは、箱根……いや、熱海の宴会芸だと思えばいいんじゃないですかと喩えてくれたが、それも宴会芸に対して失礼だと感じたので途中退出した。

 

アテネオ大学は私立で学費も高いので、多くの学生は金持ちの子女ということになる。この夜のパフォーマンスは大学公認の企画だが、スラムや路上で貧しい生活をしている人がたくさんいるこの国にあって、かなり恵まれた環境にいる若者たちが、笑いの質を磨くということもなく、ただゲラゲラ笑っていることが許せなかった。特に腹が立ったのは観客の態度だ。パフォーマーたちはいずれ淘汰される(もしかしたらこの国では生き残るのかもしれないが)。問題なのは観客で、友達が出てるのを観てキャッキャと笑っているようなことでいいのかと問いたい。批評精神のかけらもない君たちのその態度が、この国の芸術や社会をいかにダメにしていくかということを想像してみてほしい。……こんなこと日本語で書いてもあまり意味ないかもしれないけど、とりあえず途中退出という意思表示は必要だと思った。

 

外に出ると男子学生が駆け寄ってきて、「あのう、お金を払っていただけますか?」と言う。「No」と答えると、「えっ、どういう意味ですか?」と驚いているので、こんなものに金払えるか、と断ろうかと思ったが、学生相手にキレるのも大人げないと思い直し、幾らかと聞くと50ペソだというので、しぶしぶ渡す。すぐにりっきーとネスも途中退出。ネスは、私はこの学校の出身なの、でも大嫌い、学生時代はひとりも友達がいなかったと言う。自分はこれまでシパットまわりのアーティストにばかり会ってきたから、こんな意識も技術レベルも低い連中のパフォーマンスを観て今日は正直ショックだったよ……と言うとネスは悲しげに笑って答える。「リアルワールドへようこそ」

 


ネスとラルフは幼なじみで、付き合いたての頃、散歩しててたまたま目の前にバギオ行きのバスがあったから、荷物も持たずにふたりで飛び乗った……とかとか素敵な話を聞く。いい夫婦だなあ。カティプナン通りにある美味しいピザ&パスタのお店でディナー。本当に美味しい。塩漬けの卵のパスタや、スパイシーハニーという特製の蜂蜜もいい。お腹も満ちたところで、ジョシュア(去年のKARNABALでJLCをカットアップしたアーティスト)が共同経営しているというバーでビールを呑む。残念ながらジョシュアはいなかったが、なかなかいい空間。そんなこんなで今日は我らがジプニー先生・ラルフとその妻ネスに大いにお世話になった。

 

 

 

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