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BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

マニラ再訪日記3日目

 

鶏たちのコケコッコーがうるさくて夢うつつのまま朝を迎える。午前8時なのに、マシグラ通りは太鼓の音で賑わう。フィエスタ……宗教的なセレモニーであり、と同時にこのバランガイ(地区)の政治家を応援するパレードでもあるらしい。


サラとりっきーとバスに乗ってマニラの南にあるマキリンを目指す。サンタクルズ行きのバスで99ペソ。クバオのあたりは例によってひどい渋滞で、隣のバスに乗っている女の子と目が合い、しばらく彼女とアイコンタクトをして時間をつぶす。ようやくバスが走り出す。わたしはひたすらストリートの名前や看板、つまり文字情報をチェックしながらその認識速度を高める訓練に耽っていたが、一方、りっきーはバスの乗車システムに興味を持ったらしい。なるほど面白い。通り沿いに手を挙げている人がいると、バスがプップッとクラクションを鳴らす。交渉が成立すればバスはその乗客を拾う。すごいスピードで駆け抜けているので、当然うまくいかない時もある。

 

空港より南のエリアへは初めて行く。やはりこちらもいたるところスラムだらけで、ごくごく稀に、庭に噴水などの趣向を凝らした豪華な邸宅が出現する。そのすぐ隣では、貧しい人たちがバラック小屋で肩寄せ合って暮らしている。川があれば、そこには大体集落があると考えていい。たとえそれが汚れた川であったとしても。


車窓からの風景は興味深くて一睡もしなかった。貧しくても生き生き暮らす人々の顔を見ていると、何か自分の身体の中に眠っている感覚が呼び覚まされるような気がするのだった。りっきーが「この辺住みたいっすね」と言うのもちょっとわかる。彼はリアルに、この先の半年間、どこでどう暮らすかを考えているのだろう。松本さんは実際スラムに住んでいた。そういう人生もアリなのかもしれない。自分にそんな勇気があるかどうかは別として。

 

オリヴァレス、と呼ばれる場所でジプニーに乗り換える。今回の初ジプニー! 相場は8ペソ。みんな「パラポ!」と言って降りていく。驚いたことに、そんなに大きな声を出さなくても運転手にちゃんと伝わっている。マニラ市街のジプニーに比べるとかなり牧歌的な印象で全然怖くない。お金を払う時は「バヤッド」と言う。こういう言葉はたぶん使わないと覚えられない。

 

フィリピン大学のロス・バニョス(UP, Los Baños)キャンパスでシャトルバスに乗り換えて、イメルダ・マルコス夫人がつくったという山の上のハイスクール・PHSA(Philippine High School for the Arts)へ。サラやJKの出身校でもあり、彼らは今は先生として教えている。今日はいわゆる参観日で、親に成績表を渡して面談したりする日だった。今からちょっと先生モードになってくるね、と言うサラと別れて、しばらく周辺を散策。眺めは最高。無料のランチをいただく。こうやって隔離された場所で青春時代を過ごすのってどんな感じなのかな。りっきーが、恋が生まれちゃいますかね、と言うけど、どうなんだろう? 逆に生まれにくい環境なのかもしれないし。


そしてついにJKアニコチェと再会した。彼はここに2週間前に来てからずっと野菜しか食べていないとのことで、確かに前よりスリムに見える。あくまでも「前より」だが。言語はますます上達していて、もはや日本語を喋りながら時々英語の単語を混ぜる状態。


KARNABALでずいぶん一緒に遊んでくれたジェローム&ジェロ兄弟、イェロ、ジーヤ、アミナ、ニコラスらにも会った。彼らとの関係がこうしてゆるやかに続いていくのも嬉しい。サングラスをかけて登場したジーヤは、少し見ない間にだいぶ大人びた感じがした。年頃の女の子だな。


ジェロ君たちのダンスを見届けて、さあ出発……という段になって、りっきーが見つからない。JKが「5分でお願いします、笑」と日本語で微笑する。「ジェローム君、頼む、手分けして探して!」と頼んで探しまわったところ、りっきーは海の見える丘の木陰でぐうすか呑気に昼寝をしていたのだった。

 


子供たちと一緒にいったん麓の町に降りる。日曜だから教会に行ったり、家族と買い物したりするらしい。カフェでwi-fiに接続し、とりいそぎのメールを何通か送る。それからサン・ミゲルのピルスナーを缶で2本ほど空けて日記の走り書き。しかし突然wi-fiが切れてしまう。次に接続できるのはいつになることやら……。

 

ジェローム&ジェロのさらに弟、9歳のJM君は恥ずかしそうに、ひとつだけ知っているという日本語のフレーズを教えてくれた。「アナタノコト、アイシテイマス」

 


山の上はすでにだいぶ涼しくて、遠くに見える夕暮れのマニラは美しい。カフェテリアで数十人の子供たちと一緒にディナー。この学校では、みな決まった時間にここでご飯を食べるようだ。朝食は5時半から。7時から授業が始まり、午後は実技の時間。22時頃までリハーサルが続くこともある。それから部屋でおしゃべりしたり映画を観たり……いつ寝るんだろう? 夏休み明けには多くの子供たちの背が一気に伸びているらしい(よく眠れるから)。

 

子供たちは生き生きとしているが、たまに、ここでの暮らしに適合できなくなることもあるとのこと。そうだろうな……。学費や生活費はほぼ無料。なので貧しい家庭の子供も中にはいる。社会にも家庭にも様々な問題がある。子供たちはみな、それぞれの不条理の中を生きている。

 

 

JKとテスが共同で指導する演劇クラスのリハーサルを見学。通し稽古はなんと2時間を超えた……。まだ13〜15歳くらいの年端もいかない子供たちが、演技の基礎教育をきちんと身につけていることに驚く。特に2年生以上。膨大なセリフもなんのそのだ。下手なら単に微笑ましい光景ということで済ますこともできたのだが、あまりに上手だから観ているこちらも真剣になり、演劇についての根源的なことを考えさせられた。この子たちは他人になりきることがとても上手い。けれど、いずれ人生のどこかで、自分とは何か(そして他者とは何か)を追求せざるを得ない時が来るだろう。今ではないとしても。

 

JKはこの授業を、トラディショナルな方法論を教えるものだと割り切っていて、コンテンポラリーで実験的な演劇を教えるのは「3年早い」とのこと。両方を教えられるのは彼の強みだと思う。

 

……そんな話を、敷地内のゲストハウスで深夜まで語り合う。JKはこれが今年初めてのお酒らしい。すべてはダイエットのために。しかし買い置きしておいた3本の1リットルビールが瞬く間に空になくなり、夕食の残りや買ってきたチキンなど、食材は山ほどある。すべては一瞬で台無しになるのだ……。

 

JKは12月に『GOVERNMENT』でコラボレートした多田淳之介の「脱東京宣言」に感銘を受けたようで、いずれマニラを離れて活動するのもいいなと言っている。単なる憧れではなくて現実味のある選択肢として。彼はバギオ出身。北方のイロコス地方はスペイン占領下では米はダメ、タバコをつくりなさいと命令されてきて、そのため生活は豊かではなく、「人生は厳しいもの」というメンタリティが染み付いているという。彼の祖母の物語も聞いた。腹の中の赤子を殺すか、それともお前を殺すか……という修羅場があったらしい。93歳。まだご存命だという。人生は実に奥が深い。そして複雑である。しかしフィリピン人のエモーションはとてもシンプルで、強い。「なんか、グッとくるんだよね」と言うと、JKはこの日本語をお気に召したようだ。

 

 

 

 

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