BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

マニラ14日目

 

木曜日の朝。水を取りに階下へ降りていくと、デイヴィッドとニッキーの議論に巻き込まれる。たぶんわたしに配慮して英語のスピードを少し落としてくれたのだが、脳内の言語中枢がうまく機能してくれない。朝から晩まで、猛暑の中で英語を浴び続けて2週間。そろそろ疲れを感じている。

 


一息入れて、ハウスキーパーのアイリーンにインタビュー。彼女の私生活に(ある程度、知っているがゆえに)、どこまで踏み込んでいいか迷う。彼女自身が喋りたいことなのかどうか、探り探り進めていく。インタビュアーとしては甘いのかもしれない。英語ではお互い充分な意思疎通ができないので、JKが時々、タガログ語とジャパニーズイングリッシュで通訳してくれた。

 


いつものシアトルズベストに、先日の花売りの少年がやってくる。花を買ってくれと言う。プリーズ、プリーズ……と何度も耳元で囁かれる。

 


午後はマッサージに行って(1時間で約500ペソ=1400円)、2週間ぶりの温水シャワーを浴びた。どこか遠い世界に連れていかれそうな心地よさ。一緒に行った武田君もすっかり虚無僧のような顔つきになっている。あの世から生還したような気分で外に出たら、車が激しく通るいつものマニラの日常があった。ついさっきまで、信号もないそこを平気で渡っていたわけだが、今はその気力を完全に失っている。リラックスしすぎるのも問題だね、と話しながらステーキ店に入ると、ハエが無数に飛び回っていて、これも辛い。……ああ、ここはマニラだったのか。

 


夜はマタリノストリートのライブハウスにて、ヒップホップのライブイベント(これもKARNABALのプログラム)。特にタグリッシュ(タガログ+英語)のラップに心を揺さぶられた。歌の内容はよくわからないのだが(それはそれで問題だが)、植民地支配者の言語であった英語を、自分たちのものとして咀嚼して取り込み、歌にして、みずからのパッションを表現している……。

 

そんなたくましいラップを聴きながら、なぜかふと、この都市で生活しているかもしれない、未来の自分の姿を想像した。今やそれも、ありえない話ではないように思えた。もしも自分が強くそう望むのであれば、この都市で生きていくということも不可能ではないだろう。そういえばわたしはかつて、どこか遠くの都市の路上で朽ち果てたいという漠然としたイメージを持っていたのだが、そんな夢想もかなりの現実味を帯びてしまった今となっては、わたしはやっぱり路上では死にたくないと思う。マニラ自体は好きだ(となりつつある)けど、コックローチの這いずりまわる路上は嫌だ。

 

では、どこで死にたいというのか?

 


深夜2時頃に家に戻って、そのあとしばらく、フィリピンの舞台芸術批評の状況についてJKから話を聞く。良い批評家が不足しているという、どこかの国でも聞いたことのある話だ。それでも、あるパフォーマンス内におけるタバコの煙を見て「ダンスだ」と評した批評家がいるらしく、JKはその人を高く評価していた。ただし、観てもいないのに悪し様に言う癖もあるらしく、敵も多いのだとか。

 

観ないことには始まらない。とはいえ、観ればいいというものでもない。

 

 


【メモ】
そのほか、JKハウスの2階の部屋で、DEAN JANTZEN CHUA & MIGUEL MANUEL CONCEPCION『The Source』など。10人くらいで一団になって部屋に入り、円形に寝転がって、頭に電極のようなものを付ける(ただのフェイク)。そうして天井に映し出される近未来的な映像を見る。ある種のイニシエーション。シュールだが、もっと遠い世界まで連れていってほしかった。

 

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