BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

北京3日目

 
 
早起きして、ひとりで散歩に出てみる。南鑼鼓巷を北端まで歩き、そこから西にしばらく進んで観光地・什刹海まで。この日は風が強いせいか、いたるところで砂埃が舞っている。これが黄砂というやつか……。この天候が続くようならばマスクを付けたほうがよさそう。しかし中国人はほとんどマスクを着けておらず、たまに若い女性がちらほら着用している程度。帰り道は胡同を通って帰る。こちらは緑も多くて心地いい。
 
 
 
地点ワークショップ2日目。俳優たちができるだけゆっくり横一線に歩き、観ているほうは弾を1発持っていて、撃ちたくなったら撃っていいというゲームを基盤にして、様々なことを試みながら、三浦基がチェーホフの『三人姉妹』にどのように取り組んできたかをレクチャーしていく。非常に高度な演劇論が、わかりやすく順を追って示されていく。語録はやはりすべて文字起こししているのだが、これに興味を持つ日本の出版社や編集者はいないものだろうか? 太田省吾の言葉を援用しつつ彼が語った、演劇というのは撃つ撃たれるの関係なのだ、という説についてはわたしもまさにそうだと思う。非常にスリリングな時間が流れた。平田オリザへの(おそらく日本国内では絶対に口にしないであろう感動的な)言及もあって、ちょっと胸が熱くなった。
 
 
ランチはシンシンと、やはり国際交流基金で働いている梅ちゃんと一緒に近くの食堂へ。鉄板で食べるおこげが美味しい。見た目も喋り方もまるで日本人そのものである梅ちゃんは、日本には実は一度も行ったことがなく、日本のアニメを網羅的に観てそこから学んだという。見た目ヤンキーで中身がオタク、みたいな素敵な娘である。しかし少し前に空き巣に入られたらしく、7年間愛用したPCが盗まれてしまった。それで今、アニメが観られないのが悲しいという。
 
 
WS終了後、地点のメンバーはみなサーカス(雑技団)に行くことに。わたしはどうしてもこの日じゃないと観られない演劇作品があったので、ひとり別行動をとり、シンシンに教えてもらったバスに乗って少し離れた劇場へ。バスは2元(40円)だったが、おつりはもらえないようで、仕方なく5元を支払う。移動距離はそれほどでもない。が、ひどい渋滞のためにけっこうな時間がかかってしまった。
 
劇場に到着し、チケットを買おうとすると「没有(メイヨウ)」と言われる。空席があると聞いていたのだが……。こんなことならサーカスに行けばよかった……と悔やんでいると、怪しげな女性がスッと近寄ってきて「イーガレン(1人)? スーバイ……」と囁く。つまりこの人はダフ屋であり、400元(8000円)で売ってやると言っているのだ。ちなみに普通の食堂でランチを食べると10〜20元ほどで、夜に飲み食いしても60〜70元くらいあれば大体いける北京において、400元はけっこうな大金である。字幕もなく、面白いかもわからない演目に400元はちょっと痛いなと思い、200元でどう?、と交渉したが鼻であしらわれる。もう帰ろうかな……。しかしせっかく北京まで来て、演劇を観るチャンスが目の前にある状況下で、このまますごすごと引き下がっては名折れである、という妙な自意識が働いた。何の名折れかわからないけど。250元でどうかね、と少し値を上げてみると、300なら考える、と言うのでそこで手を打つことに。買ったチケットには「100元」と記されている。3倍か……。まあ仕方ない。授業料ってことで。
 
客席数は300〜350ほどの中劇場。後方の席だったが、カップルが近寄ってきて何かを早口で言う。ごめんなさい中国語を理解できない、と英語で言うと「Alone? Can you exchange?」と訊いてくるので、ああもちろんモーマンタイだよと言って席を交換する。座席は前のほう。やった。しかももらったチケットには「200元」と書いてある。得したのか損したのかわからない気分に。
 
 
さて肝心の舞台はというと、もちろん全編中国語なので、細かい言葉を理解できるわけではないのだが、しばしば「我愛你(=I love you)」が繰り返され、わがままな女に男が振り回されるという痴話喧嘩がメインストーリーのようであった。そこにしばしば脇役たちが登場するシーンが挿入されて、笑いをとって繋いでいく構成。ピンポン球が頭上からザザーッと落ちてきたり、ベルトコンベアーを使ったり、ある暗転(やたら多い)の後に舞台に水が張られたり、そのほか様々な小ネタが挟まれたりと、演出の手数は多い。白い服と、赤い幕(血のメタファー)というコントラストはどこかで見たことがある。要するに日本の商業演劇に近い。少し名の通った演出家や劇作家を呼んできて、芸能人を入れて、ほどほどに前衛っぽい要素を入れつつ、ほどほどに笑いを入れつつ、ほどほどの(だがファンにとっては垂涎モノの)満足を観客に与えるという……。
 
演劇がこうして単なるアイデアの博覧会になり、そこに流れていたはずの思想や哲学が骨抜きになっていく……ということは資本主義の悪しき側面が要請するものだから、今やこうしたライトな(ほどほどに娯楽性と前衛性を併せ持ったバランスの良い、だが毒にも薬にもならない)演劇がグローバルに、全世界的にひろまっていく危険性はつねにあるわけだ。もしそれを世界中の人々が本当に望んでいるのなら、一度そうなってしまえばいい、と投げやりな気持ちになることもある。今がまさにその気分である。ここ北京において。
 
けれども、いわゆる小劇場シーンのようなものがほぼ皆無である中国・北京において、こうしたライトな演劇がどういう位置づけにあるのかはまだわからないので、もう少し情報が欲しいとも思った。
 
気になったのは、舞台美術の質があまり良くないということで、メインの美術として壁を覆っているビニールは安っぽく見えるし、上手にあった鉄パイプ(?)の装置にいたっては少し歪んでいて幾何学的な美しさを決定的に損なっている。照明や音響もあまり繊細ではない。俳優たちはマイクを使っているのだが、あんなに大音量にする必要があるのかどうか。主演の女優があまり魅力的でないのは特に致命的だったが、これについてもまだわたしには中国人の美的感覚がわかっていないので、ひとまずこらえてみる。脇役として笑いをとっていた女性のほうが、むしろ観客とのあいだにある第四の壁を消失させる力を垣間見せていて魅力的に思えた。
 
観客はというと、上演中に舞台の写真を撮るのは当たり前。飽きるとケータイを覗きこんで暇つぶしもしている。トイレにもよく行く。遅刻してくる人がやたらいる。あげく、シリアスなシーンで電話を始める。……という感じ。年齢層は20代後半から40代くらい。ほとんどはカップルかグループで来ていて、前のほうの座席の女性は派手なドレスで着飾っていた。拍手は特に熱狂的でもなく、義理で叩いている人のほうが多い印象を受けた。
 
ともあれこれだけではサンプルがあまりにも少なすぎる。もっとたくさんのものを観て、数を浴びてみないことには。日頃培っている基準で「こうだ」と斬って捨てることは簡単だが、外国に来た時には特に、まずその都市に流れる文化的風土をインストールするように心がけたい。
 
 
帰りは地下鉄に乗ってみる。路線名が番号(2号線、6号線……)なのでわかりやすい。
 
 
南鑼鼓巷駅から歩きつつ、できれば三浦さんと今日観た演劇について話したいな、と思っていたらちょうど制作・田嶋さんと一緒に近所のバーにいる姿を発見したので、輸入モノの濃いビールを呑みながらしばらく話し込む。サーカスのほうは、自転車に10人くらいで乗る演目は面白かったが、他はそこまでスリリングではなかったようだ。わたしはとにかく今、中国・北京の文化的なコンテクストを知りたいと思っている。今回の地点のワークショップに対する中国人参加者たちの反応が決して悪くないことはひしひしと感じるのだが、彼らが本当のところ何を考えているのか、いったいどのようなリテラシーによって受け止めているのか、もっと知りたい……と話すと、じゃあ明日のWS最終日には、ディスカッションの時間を長めにとってみようか、という流れに。
 
ホテルに戻ると中庭で史恵さん、洋平さん、大さんも呑んでいたので、混ざって、しばらくビールを呑む。さっきまでウイスキーやギネスを呑んでいて、さらに5元(100円)という危険な白酒(北京では一般的な高度数の酒)にまで手を出した三浦基は早々につぶれて寝に帰ったが、すぐに迷子になって戻ってきた。俺の部屋はどこだ、とうろたえる彼に対して石田大が言い放つ。「恐れるな。まっすぐ前に進め」
 
 
 
 

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