BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

20140103 絶食6年目

 

例えばこう考えてみるのは?

 

ある村に、それぞれにごく小さな畑を耕している農夫たちがいます。

 

農夫Aは、畑仕事で出会う動物や昆虫との日々の関わりを通して、有機的な生命の循環に想いを馳せています。農夫Bは、その耕している土地への愛着を、村への帰属意識や、国家への忠誠や、自分の家族との絆、といったものと結びつけて考える傾向があります。農夫Cは、泥臭い日々の労働で汗をかくことに悦びを抱き、この世界に生きる人々との連帯を感じています。農夫Dは、テレビのニュースで世界経済の恐慌を知り、みずからの労働条件について考察するようになりました。農夫Eは、耕した土地の性質に関心を持って調べていくうちに、地質学者や郷土史家としての才能に目覚めつつあります。農夫Fは、昼寝の時間が大好きで、夢の中で見た景色をいつか小説にしてやろうと妄想しています。農夫Gは、災害時の被害を抑えるために品種改良を重ねています。農夫Hは、そろそろ結婚したいと考えていて、よその国から花嫁をもらうシステムや、最近耳にする町ぐるみの合コンの噂が気になっています。農夫Iは、過疎化が進んでいる村の惨状を嘆いて、村の集会で積極的な提案をするようになりました。農夫Jは、老いた親の介護に悩んでいます。農夫Kは、晴耕雨読の生活をして詩を書いています。農夫Lは、次の選挙に立候補するために人脈づくりに奔走しています。農夫Mは、自分に子供を産む能力がないことが分かり、代理出産を検討するようになりました。農夫Nは、数年前に大きな病気をしてから、生きているうちに自分にあと何ができるかと考えています。農夫Oには、誰にも言えない秘密があります。農夫Pは、かつてこの村に住んでいた幼なじみと文通していて、遠く離れたその土地へ、いつか会いに行こうと思っています。農夫Qは、村の農夫たちのそうした悲喜こもごもを歌にして、子供たちに聞かせています。

 

いずれにしても人間は、目の前にある小さな世界に触れていくだけでも、何か大きなものを引き寄せてしまうのではないかしら。

 

政治社会について考えるということは、この世界について考えることだから、わたしにとっては、永田町や霞ヶ関のことだけに関心を持つというような狭い意味ではなくて、上で書いたようなことのほとんど全てに関わるいとなみだと思っている。

 

 

鳥羽水族館ダイオウグソクムシが絶食6年目に突入したというニュース。餌を与えられても見向きもしないのに、不思議と体重は増えているという。何を拒絶しているのだろう。世界との関わり?