BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

20140101 BricolaQリニューアル、大衆演劇

 

近所にある丘の上で、除夜の鐘を聞きつつ新年を迎える。みなとみらいや八景島のある方角で花火があがっていて、足元には提灯がならんでいる。幻想的な光景。来たなあ、新年。きっとそう簡単な年ではないだろうなと思う。気をひきしめて遊ぼう。

 

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今年の抱負はいくつかあって、

・座学や旅を通して見聞をひろめること。

・横浜にいる時間を増やすこと。

・BricolaQを世の中と渡り合えるメディアとしてバージョンアップさせること。

 

……というわけでBricolaQをプチリニューアルして、新しいコンセプトも追記しました。

http://bricolaq.com/

http://d.hatena.ne.jp/bricolaq/20140101

 

 

 

夕方、自転車で三吉演芸場の正月公演(橘菊太郎劇団)に向かった。大衆演劇は学生時代に十条の篠原演芸場で観て以来で、ビールを飲みながらゆるりと楽しんだ。3時間を超える長丁場もまったく苦ではない感じ。こういう小屋が近所にあるのはたいへん嬉しい。この雰囲気の良さは現代演劇にも輸入できる余地があるなと感じた。自分が知るかぎりで最も近いテイストを持つのは子供鉅人かなあ。あと鉄割アルバトロスケットとか、どくんごとか。快快も少しそうかも。

 

恥ずかしながら大衆演劇のルーツについてほとんど無知だったので、観劇後にまずはネットで分かる程度のことを調べてみた。ざっくり要約すると以下のようになる。

 

近代化を急いでいた明治政府によって「貴人や外国人が見るにふさわしい」ものにするために「演劇改良運動」が進められた。そして歌舞伎座が誕生し、あるいは当時の世相を反映した新派や、西洋の演劇を輸入した新劇が生まれていく。ここまではわりと知られた話ではあると思うのだが、しかしながらいっぽうそうした文明開化の潮流に乗れず(乗らず)、あくまでも庶民の娯楽として留まることになったのがいわゆる小芝居・旅芝居で、大衆演劇はどうやらその流れを汲んでいるらしい。おそらくは様々な同時代の風俗を取り入れていく中で独自の進化を遂げたのだろう。DNAとしての先祖は、歌舞伎と同じく出雲阿国ということになるのだろうか。

 

三吉橋を挟んですぐのフライ屋は、元日から大いに賑わっていた。

 

 

 

 

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