BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

20131027 『つれなくも秋の風』

 

フェスティバル・ボム(Festival Bo:m)×十六夜吉田町スタジオ×急な坂スタジオ『つれなくも秋の風』。演出はソ・ヒョンソク。急な坂スタジオのスタッフをはじめ、ドラマトゥルクとしてコ・ジュヨン、演出助手として植松侑子らがサポートしている。素晴らしい作品だった。演者とマンツーマン(実は黒子がいる)で野毛山を歩いていくツアー型演劇。観客(体験者)はゴーグルとイヤホンを着用して歩く。ゴーグルは時折閉ざされて真っ暗闇になるので、ブラインドウォークのように、随伴する俳優を信頼して歩くしかない(基本的には異性がつく仕組みらしい)。目隠しされて階段を降りる作業などを通じて、その信頼感は次第に増していく。手袋ごしに彼女の手のぬくもりが伝わってくる。「あなたは私を信じますか?」と言う彼女の声を聴きながら、晴れた日曜日の爽やかな野毛山公園を歩いていった。マイクが、自分の歩く足音を拾って、それがイヤホンから聞こえてくるので、不思議な感覚になる。パッと視界がひらけると、そこは展望台で、美しい横浜の景色がひろがる。再び暗闇。次の場所では、風船が空を舞っていくのが見える。そしてまた暗闇……。

 

衝撃的なシーンはそのあとに起こった。再び視界がひらけると、そばにいるはずの女優が遊歩道の向こうから現れるではないか。え……? それでは今、わたしを支えている傍の人間はいったい誰なのか? いつのまにか別人にすり替わっていたのだ。裏切られたような、自分の存在基盤が揺るがされたような気持ちになり、著しいショックを受けて、まともに立っていられなくなった。ここまでショックを受ける観客はもしかしたら珍しいのかもしれないが、それくらい、晴れた日曜日の風景のほのぼのさは完璧だったし、女優のパフォーマンスも素晴らしかった。あと、わたし自身がこの展望台周辺の景色をすでに知っていて、油断していたせいもあったのかもしれない。

 

とにかく、腰が抜けたようになってしまって、主体性を失い、あとはただフラフラと連れまわされていった。きわめてヴァルネラブルな、剥き出しの状態。つい昨日の、飛行機に乗り遅れてパスポートを剥奪され、主体性を失った状態のことが思い出されてくる。自分はいったい何者なのか。目に見えているこのセピア色の動物園の景色、動かない電車、これらはいったいいつの時代の景色なのか。自分は今、この景色をほんとうに見ているのだろうか。現実感が希薄になっていく。

 

だが不思議なことに、次第にその状態が心地よく感じられるようになっていった。人を信じるとは、どういうことなのだろう。それはもしかしたら、自分の記憶やアイデンティティのようなものに対する我執を、手放すところから生まれるのかもしれない。「あなたはこの物語の主人公ではありません」という声がイヤホンから聞こえてくる。その声は救いにも感じられる。ラスト、池の前にいる親子連れの姿をぼんやりと眺めながら、なんだかそこに、やわからな光のようなものを感じたのだった。

 

 

そのあとはムサビの芸術祭へ。次の日も朝からムサビで取材なので、立川のビジネスホテルに宿泊することに。一杯ひっかけてホテルに戻ると、枝光の市原くんがUSTをしていたので、なんとなく参加する。画期的な配信になった……。