20131024 10日目 『가모메 カルメギ』

太田（テジョン）には地元民向けの大きな市場があり、色とりどりの果物などが並んでいる。生薬の匂いなどもする。愛想の良いおばちゃんのお店で、おでん、天ぷら、トッポギなどを食べた。

KTXに乗って、いよいよソウルに到着。駅前の都会的な空気に最初は面食らったけども、静かな路地の一角にあるゲストハウスに投宿し、ホッとする。英語も通じるし。そして荷物を置いて、周囲の市場を散策。ソウルは、近代化された新しいエリアと、時が止まったような世界とが共存する都市であるらしい。人のエネルギーはやっぱり凄い。異様な賑わいを見せていた東大門（トンデムン）の路地で、タンマッカリを食べる。最高に美味しい。しかも朝鮮人参も入っていて、身体にも良さそう。ニンニクの匂い消しのためにロッテのガムを買って、Doosan Art Centerへと向かった。劇場に入るなりマチコさんに会えて、またもやホッとする。

東京デスロック＋第12言語演劇スタジオによる『가모메 カルメギ』は素晴らしい作品だった。ぜひ日本でも上演してほしい。ストーリーはチェーホフの『かもめ』を下敷きに、1930年代後半の、日帝時代の朝鮮半島へと舞台を移し替えたもの。基本的には韓国語での上演だが、日本語も何度か登場するので、原作を知っていれば、流れを追うのはさほど難しくない。

日本で上演される可能性もまだ残されている、ということでひとまずネタバレは避けるけれども、ところどころで多田淳之介節が炸裂し、かなりドラマティックな作品に仕上がっていた。デスロックの俳優4人にそれぞれ見せ場があるのだが、個人的には佐藤誠演じる塚口二郎（いわゆるトリゴーリン）がかなりツボ。ちなみに夏目慎也は相変わらず、ただ普通に喋っているだけで客席の失笑を誘っていたけど、あの愛すべき特殊能力は海を超えても通用するのですね……。

『가모메 カルメギ』には3つの顔があるように思う。1つ目は、誰もが片想いをしているが報われないというラブストーリーであるということ。2つ目は、『가모메 カルメギ』というタイトルからしてそうであるように、多言語演劇であるということ。そして3つ目は、繰り返し流される某楽曲に乗せて、過去から未来へと、死と再生が託されていく物語であるということ。

この作品を観てからこの日記を書くまでのあいだに、約10日間ほどのタイムラグがあるのだが、どうもまだ『가모메 カルメギ』は終わっていない、という感覚が強く残っている。韓国人のお客さんに囲まれて芽生えた、あの複雑な心境はまだ消えていないし、すぐには精算できそうもない。観劇の翌日に、多田さんに勧められてソウル歴史博物館に行ってみて、その思いはますます強くなった。お互いに何も知らなさすぎる。こんなに近いのに。隣人なのに。

何かを知るには膨大な時間がかかるのだと痛感する。数日間、旅をした程度では、ほとんど何もわかりはしない。それでも何も知らないよりはずいぶん良い。少なくとも韓国の人や、言語や、文化や、食べ物や、風土などに対して、かなり親密な感情を抱くことができたというだけでも、今回の旅には大きな収穫があった。わたしももうそれなりの年齢なので、この先の人生に無限の時間があるわけではない。やれることはかぎられている。それでも、長い時間をかけても韓国のことは知っていきたいし、できれば仲良くしたいと思った。『가모메 カルメギ』はわたしにとってはもしかしたらその最初のベースになったかもしれない。そういえば、価値観の異なる他者と共に生きる道を探る、というテーマは『シンポジウム』もまさにそうであった。『가모메 カルメギ』はそうした意味でも、間違いなく東京デスロックの近年の試みの延長線上にある。

終演後、テハンノまで歩いて、サムギョプサルの店へ。『シンポジウム』に出演していたマ・ドゥヨンともここで再会した。嬉しいなあ。彼は、今度日本で上演される『多情という名の病』に出演するために、稽古をしているらしい。その演出家であり、また『가모메 カルメギ』の作家でもあるソン・ギウンさんともお会いしていろいろ話した。ギウンさんは流暢な日本語を使いこなす。ゲストハウスまではタクシーで帰った。ソウルの夜は寒い。