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BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

20130908 青柳いづみ、『ソウル・フラワー・トレイン』

review diary

 

この日は朝起きてオリンピック東京に決定、のニュースを見ていろいろ思ったんだけれど、それについては長くなりそうだから次の日の日記に譲る。

 

 

大雨のなか、「初秋のサプライズーーユリイカ(青土社川上未映子×マームとジプシー」を観に行く。先に観たらしい不夜嬢から、原宿はジャブジャブですよとメールが来て、そうかあ、と思ってたら、確かに多摩川を越えたあたりから凄い雨になってきた。原宿に着いた時には小雨になっていてラッキーだったけど、ちょうどVACANTの手間30メートルくらいから猛烈な雨に降られて、逃げ込むようにして会場に入った。

 

『冬の扉』はいつになく大人びた彼女であり、もはやほとんど歌唱だった『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』は狂女のようであり、『まえのひ』はいつものマームに近いというか、いつしか流入した飴屋法水的なるものを感じさせたのだが、とにかく青柳いづみの女優としての凄さに圧倒されたというほかなくて、終わったあと「凄い」という言葉しか吐けない腑抜けと化してしまった。いったい、彼女のような歩みをしている女優が、現代に、他にいるだろうか? 青柳いづみの一歩は未来への一歩である。彼女がいったいいかなる道を開拓していくのか、さっぱりわからないけれど、少なくとも、演出家にかぎらず、時の漫画家や小説家や映画監督が、彼女を見て創作意欲を刺激されるというのは確かなようである。瀬田なつき監督が山口で撮ったショートフィルムも早く観たい。あと彼女はもしかしたらある種の変態なのかもしれない、と初めて思った。白石加代子の名前をどうしても思い浮かべてしまう。

 

演出に関しては、「演劇」好きの中にはこれを好まない人も多いのではないかと思った。あるいは「文学」好きな人も。言葉を聴かせないで歌にする、という発想は、通常のリーディングの中にはもちろんないし、基本的に演出家は劇作家の言葉を大事にするものだと思われているからである。しかしながら今回の藤田貴大の試みが、川上未映子のテクストを蔑ろにした感は全然なくて、むしろ客席に彼女はいるし、アフタートークもしているし、そもそも協働創作的なものとして『まえのひ』が生まれているのだから、これは今までの固定観念をはずして受け止めたほうが良さそうである。個人的には、今現在の趣味というか傾向としては、言葉をじっくり聴きながらそこから様々な考えを膨らませていきたいし、そこに可能性を感じてもいるのだが、それが目指されているわけではないだろうし、表現というものは、もちろん言うまでもなく多様なのである。そして優れた作家というものは、周囲の期待やら要請やらを感じながらも、それとはどこか関係ないところでも、ものを見つめているのだろう。

 

 

そういえば会場で、まるまること荻原綾にひさしぶりに会ったけれども、『演劇最強論』に実はこっそり彼女のことを書いている、しかもかなり重要な場面で、という話をしてもよかったなと後で思った。

 

 

青柳いづみが炸裂している時間のあいだは、もう土砂降りでずぶ濡れて帰っても構わない、それくらいのものを観させていただいた、と思っていたのだが、いざ外に出てみると、濡れた靴下の気持ち悪さに、すぐ雨がイヤになった。とはいえ、クールダウンのために、何人かで「ゆかり」に飲みにいって、ビールを2杯ほどひっかけて、わたしだけ先に出て、電車で新宿へ。

 

 

新宿K's cinemaで西尾孔志監督の『ソウル・フラワー・トレイン』を観たのだが、これがもうなんとびっくりの面白さだった。良い物語かどうか、を判断するごくごく単純な物差しがあって、それはひとつには、笑えるはずの場面で笑いながら同時に泣けるということ。そしてもうひとつは、見終わった時に、登場人物がそれ以前よりもはるかにキュートに見えている、ということである。その両方がこの映画にはあった。

 

で、それは原作の力も大きいのかな、と思って、パンフを買って、そこに掲載されているロビン西の原作を帰りの電車の中で読んで、それにも感動して思わず涙してしまったのだけれども、実は、ものすごく大胆な設定の変更がなされていて、とても重要な場面の数々が書き加えられているのである。これは脚本を手掛けた、西尾監督と上原三由樹のお手柄であるだろう。

 

ある種のファンタジーとして描かれている。そのことに対して、もしかしたら批判もあるかもしれない、ありうる、が、それ以上の爽やかな感動がこの映画にはあって、それは、単なるお涙頂戴ではなくて、現代に必要なものをこの映画がぶっこんで来ているからであると思う。人間の持っているバイタリティのようなものが、アングラ的な情念とはまた違った形で、いかにも現代的に、若い俳優たちの身体を通して、この映画の中には生きている。もちろんそこには平田満の好演がとても大きい。すごく光っている。チャーミングすぎる。しかし真凜と咲世子の両ヒロインも素晴らしい。

 

ネタバレしちゃいたいこともいろいろあるのだけれども、まだ上映が続いているので、今は書きません。連日20時30分から。あ、物語の本筋とは関係ないところで、この映画にちょいちょい映り込んでしまっているものも、面白いと思った。それもまた映画の面白さだなと思う。