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BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

20130826 とかくに人の世は

 

ほんとはとある人と会う予定だったけども、先方の都合でキャンセルに。風邪がまだ治らないので、近所の定食屋でごはん食べるだけでほぼ終わった。昼間、長文のメールをしたけども、結局その甲斐もない結果になった。夜に吹き込んできた凄い雨で、布団が濡れてしまった。さんざんだったけども、まあ、こんな日もあるでしょう。ただ、自分のことはいいのだが、約束を守れなかったことで、誰かが傷ついていなければいいな、とそれだけが心配になる。結局のところ、自分は余計なことをしてしまったのではないか。でも、そのままでいるわけにもいかないのだ。動かざるをえず、とはいえ動いたら動いたで、トホホな結果を招いてしまう。昨日の打ち合わせで、Yさんがつくってきてくれたレイアウトに流し込まれていた文章のサンプルが、漱石の『草枕』の冒頭で、だからつい反芻してしまうのだった。

 

 山路を登りながら、こう考えた。

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。

 

 

気力を失っているので、iPadでなんとなくウルティマをする。なんて退屈なゲームなんだろう。Lv14からいきなりレベルがあがりにくくなっていて、ゲームバランスが崩壊しているとしか思えない。ただ最近は、シンガポール人、中国人、日本人、そしてわたし、という4人チームがなんとなく結成されており、それでえんえん同じダンジョンに行って同じルートを通って同じ敵を倒して還ってくるのだ。その繰り返し。無駄としか思えない。わたしは最近裸足の衣装が気に入っているので、それを身につけていると、ホビットみたいだねと言われる。そう、指輪を探してるんだよ持っていないけど、とか、そんな他愛もない会話をするくらいしか能がないのだ。だったらやらなければいい。その通りだ。わたしは何をやっているのか。彼らのディナーはカンヅメだったというので少々健康を心配する。中国人の彼(彼女?)は夜遅くにフルーツを食べていた。寝る前にはたくさん食べるのだという。あまりにもルーティンワークなので、そのあいだPCでずっとあまちゃんをかけ流していた。そうこうして第5週まで見たのだが、今のところいちばんグッときたのは、片桐はいりを見送るシーンで、漁協のおっさん(でんでん)がさりげなく歩き煙草をしていて、その時の宮本信子がかっけーということだった。そういえば昨日、最近は若い女子が何考えているかにはいささかも興味がない、20年くらい研究してきたけれどわからなかったし、どうせ今後もわからないのだから、ただ何をするかには興味があるので、海に飛び込んだとか、そういうのは面白いなと思いながらあまちゃんを見ています、という話をしたら、あまちゃんの感想でそういうのを聴くのは初めてですとのコメントを頂戴した。