BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

20130805 みかん

 

とても淫靡な夢を見た。ホルモン青木の効果だろうか。夢のなかでよく登場する場所がいくつかあって、そのうちのひとつに、東京都内に友人たちとシェアをしているセカンドハウスがある。今夜はそこに泊まることにしたのだが、誰もいなくて、家は暗かった。布団に入ると、そこには女性がいて、手を握ってきた。手を握られているだけなのに、なんだかあまりにも官能的で、そのひとの匂い立つような色気が伝播してくるのだった。やばい。それで途中で半分くらい目が醒めて、ああ、夢か、と思いつつ、夢であるならそのまま官能の世界に浸っていてもよかったはずだが、なんとなくそれが許されないような気持ちもしてしまって、目覚めの世界のほうに身体を持っていってしまったけれども、あのままあそこにいてもよかったし、あれが運命の人かもしれない、とかどうしようもなく馬鹿なことを思った。救いようがない。

 

とか考えながら本格的に目を醒まし、顔でも洗うかと思って水道の蛇口をひねると水が出なかった。

 

またか!、と一瞬思ったけど、よく考えたら今日は断水の日なのだった。忘れていた。最近なにもかものそういった生活関連の大事なことを忘れてしまっている。生存能力的にどうなのだろうか。でもまあそれでも生きていけているのだから、別にいいか。ともかく家にいても何もできない(トイレもいけない)ので、自転車で弘明寺に行って、いつものコースをたどった。

 

『シンポジウム』が終わってから一週間。そういえばまだ「ご来場ありがとうございました」的なことをこのブログでもtwitterでも言っていないのは、おそらくまだ「終わった」という感じがしていないからで、それが良いことかどうかはともかくとして、「終わらない演劇」がひとつくらいあってもいいのかもしれない。もうライフワークとしてずっと『シンポジウム』やってます的な。嫌われそうだな。

 

 

小さい頃からわりと「終わらない」のは好きで、映画もドラマもアニメもゲームもサッカーの試合も、できればいつまでもその世界に浸っていたいと思うタチだった。夢もそうかもしれなくて、もしいつか『マトリックス』的に永遠の睡眠装置が開発されたとしたらそれを受け入れてしまうかもしれない。「終わる」ことがもたらすカタルシスにそもそもあまり興味がないのかも。小説もそう。だから未完のカフカの『城』とか素敵だなと思う。そういえば吉川英治の『新・水滸伝』も確か未完のまま、108人の豪傑が集結したところで終わっていて、あれがたぶん人生で最初に読んだ未完の小説。

 

と書いたところで、なんとなく「みかんの小説」を想像し、甘酸っぱい匂いにひたっている。

 

 

 

 

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