BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

20130501 大千秋楽

 

昼頃、東京にいないと噂の神里くんから電話がかかってくる。なかなか爆笑の内容だった。どこにいるのかと訊くと、彼はある都市の名前を答えた。そこにいる理由がまたくだらなかった。こういうくだらなさって、面白い。

 

 

疲れているけども、気分を変えようと思って金沢八景の喫茶店へ。やっぱりここは仕事がはかどるのだった。

 

夕方、京急で日ノ出町駅まで出て、そこから吉田町まで歩く。途中、事故現場である都橋の前を通った。少し、緊張した。もちろんもう血はなかったけれども、誰かが拭いてくれたのだろうか。それとも雨が流したのだろうか。救急車を呼んでくれたスナックはどこだかわからなかった。御礼をしたいのだけど……。

 

 

マームとジプシー『てんとてん』Cバージョン大千秋楽。Bバージョンが素晴らしい、と書いた(http://bricolaq.hatenablog.com/entry/2013/04/25/192538)のと同じ理由によって、逆にこのCバージョンには2つ大きな疑問が残った。ひとつは、最終的に加えられたキャラクター(召田実子)が、3.11の地震のついてかなり直接的に語るのだが、それによって「3.11」と「9.11」が露骨に並置される。もちろんそのことはB日程ですでに萌芽があったのだが、C日程では、それが少し安直に語られすぎているように感じられた。というのは、「9.11」というのはまだ日本人にとって他山の火事だったのだが(知人がまさにあの瞬間に世界貿易センタービルの中にいた、といった事実はあったけれども)、「3.11」はそうはいかない、という問題。そして、日本人であるということは、いきおい「当事者」として海外の人からは見えるだろう、そして「当事者」であることは強いし、それが何かを「代弁」してしまうことにもなるのでは、と危惧された。わたしはそんなふうに「代弁」はしてほしくないと感じた。あくまで藤田貴大が感じた、とか、そう感じた人がいた、ということならいいのだが……。ここで語られているのは、いったい「誰」の実感なのか。ちょっとそこがぼんやりしていると思う。これでは、歴史や政治といった大きなものに太刀打ちできないと感じる。

 

それともうひとつは、千秋楽ということも影響したのかもしれないけども、俳優たちの感情が昂ぶりすぎていたように思う。冒頭の入り方は本当に素晴らしかったんだけど……。感情が昂ぶること自体が悪いわけではないけど(というのはBバージョンについて書いた通り)、それによって置き去りにしてしまうものがあまりに大きいと感じる。薄氷の緊張関係が失われてしまった。

 

とはいえ、とにかく「いってらっしゃい」とだけをこの日は伝えたかった。

 

 

 

そういえばこの日、いちばんぶるっと来たのは、ほぼ冒頭の場面で、たまたま目の前に座っていたせいか、吉田聡子と一瞬目が合ったように感じた瞬間だった。実際に見えたのかどうかは知らない。彼女とはこの期間中、一度も話をしなかったし、帰る時に、たまたま(これはほんとに)目が合ったのでいってらっしゃいという意味を込めて手を振っただけだったけども、とにかくまあなんというか、舞台に立つ人間は恐ろしいというか、そうした恐ろしさのようなものをこの人は今身につけつつあるのだろうと思う。俳優というのはきっとそういうことができる人間なのだと思う。でも簡単には泣かないほうがいいと思う。

 

 

 

開演前に偶然(?)OY夫妻がチャリンコで通りかかって、怪我したんだってね、あとで気が向いたら電話してよ、とのことだったので、電話して、H社のWさんと一緒に黄金町のいつもの店(といっても超ひさしぶり)に雨の中をタクシーで向かった。ここの完全なる常連であるYもたまたまやってきたので一緒に飲んだ。OY氏とは今度、とある場所で共演(?)するということもあり、パフォーマンスとは?、みたいな話をしたと思う。そして、文章を書くことと他人へのコミュニケーションについても。

 

 

 

 

 

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