BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

20130429 様々にヤバいものを観た日

 

朝、目が覚めて、まったく身体が動かなかった。ほんとうに虫にでもなってしまったかと思った。それで一瞬、出かけるのとりやめようかとも考えたのだけど、なんとか気力を振り絞って、まずは森下スタジオで庭劇団ペニノ『大きなトランクの中の箱』。

 

いやこれは評判になっているのも、むべなるかな。「はこぶね」での公演の集大成というか。最初の場転があまりに見事すぎて、持って行かれた。羊と豚を模した幻獣(?)たちの会話が以前のものよりユーモラスに感じられる。気持ちの悪い世界だが、エンターテインメントとして成立している。精神分析的に何かのメタファーになっている、とかよりも、とにかく舞台として圧倒的に面白い、というところが良かった。

 

あの、チェスの、王様と悪魔の話、好きやねん……。ものすごくイメージがひろがる。

 

 

 

しかしさすがに疲れたので、御徒町に出て、アメ横を通って、上野の寿湯へ。アメ横の立ち飲み屋の前を通ってもまったく飲みたいと思わないくらい、やはりまだ本調子ではない。それでも湯に入ってだいぶ回復して、日暮里に向かい、エクセルシオールに入ったら偶然にもOさんを発見した。

 

それで「戦場のピクニックフェスティバル」へ。sons wo:が目当てだったのだが、彼らのパフォーマンスは素晴らしかったと思う。徳永京子さんもツイッターに書いていた(し、実際彼女の口からも聞いたけれども)、アラバールのこの不条理劇の戯曲の構造にもっともよく取り組んでいたのは彼らだろう。谷川俊太郎の「地球へのピクニック」を引用して対置させたのも効いていた。この戯曲と、彼らの手法との相性が良かった、ということはあるにしても、戯曲におもねっている感じはない。対峙している、あるいは、読んでいる、という感じがする。いたずらに改変するということもなく、真摯な取り組みだと感じられた。しかしとにかく面白かったのだ。奇妙な面白さだった。それは彼らの持ち味だろう。いつにもまして人形的だが、かえってそのことによって、いつにもまして人間味のある哀愁が漂うのだった。

 

で、すごく良かったのだけど、そのあとに観た3本目があまりに(悪い意味で)ヤバすぎて、ぶっとんでしまった。隣にいたOさんに、これはやばい、逃げよう!と言って、終わるなり劇場を飛び出て走ったのだが(徳永さんは途中でとっくに退出していた。席が出られる場所だったらわたしも当然そうしただろう)、日暮里駅前で、ふらふらと呆然とした感じで歩いてきた某女優(そんなに親しいわけでもなく、向こうは、あ、なんか見たことある人だな、くらいだったと思うけど、とにかく優れた女優さん)に、今のはマジでやばかったですね、と話しかけると、よかった、この話を誰かと共有したかったんですよ……と泣きそうになっていた。まあこの話を共有するとしたらなんといってもあの変態演出家ですよね、と話してお別れする(ちなみにこの約束?は数日後に実現されることになる)。

 

とにかく逃げるために、足が痛いのも忘れて走ったのだが(そしてあとで痛むことになるのだが)、なんとなく『いちご白書』っぽくて良かった。しかし『いちご白書』を観たのがもうずいぶん前過ぎて偽の記憶かもしれない。