BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

ねむい

またもや深夜まで作業。ちょっと新しいことにチャレンジしている。といっても他にもあれこれ仕事があって、催促との闘いで、すまぬ、と思いながら今日は背中が痛くてしょうがないんでチャリこいで大岡川を遡って弘明寺のスーパー銭湯へいった。湯船につかってたら、行き詰ってた原稿にかんする素晴らしいアイデアが浮かんだ。結局このペースが必要な気がする。あ、こないだ悪魔のしるしの危口くんと麻雀した時に、「気がする」が口癖だよねって指摘されてそれ以来「気がする」ってちょっと言いづらくなった。それはさておき、結局このスローなペース、でないと、できないこともあるのじゃないかなあ。もちろん、ある緊密な速さの中でしかできないこともあるんだろうけど。

こないだ大谷能生と立ち飲み屋で日本酒飲んでた時、結局死んで2つか3つか仕事が残っていたらいいほうだ、和歌なんて1個とかしか残んないのざらだし、的な話をまあ正確じゃないかもしれないけどしていて、なるほどなあと思った。大部分は歴史に残らず消えていってしまうだろう。こういうブログとかFacebookとかツイッターみたいなログってのはどんくらい残るものなんだろうか? 誰にかえりみられるんだろうか? もし、自分に子供が産まれたら、親のログは見たいと思ってくれるのかもしれない。でも子供いないし。産まれる予定とかないし。結婚もしないかも、な感じが濃厚になってきた。そもそも自分の恋愛観がよくわからない。世間的なそれとはずいぶんかけ離れている気がする。いったいどのかたちが幸福なのかわからない。でもまあ、どうせいつか死ぬし、朽ち果てるし、それでいいかなってことも思う。人生相当楽しんだからあとは余生と思っていっそう楽しんで過ごそう。そう思うと気が楽になってきた。深夜4時30分。もう朝って呼んでもいいのかもしれない。「悲しいハッピー」って言葉をQ『いのちのちQ』のブリコメンドに書いたけど結局それってわたしの願望の投影なのかもしれない。今日は悲しい気持ちもあった。スーパー銭湯のあと、前々から行きたかった弘明寺の山田屋っていう渋い居酒屋というか食堂があって、そこで風呂上がりにビール1本飲みながらぶりの照り焼き定食を食べていた。カウンター席にいるおじさんはもうずいぶん酔っていて見事なくらいにろれつが回らなかった。ここはどうやら近所のおじいさんおばあさんたちの憩いの場であるらしく、雰囲気はなかなか良かった。まーたいーこうっと。それでぶりの照り焼きを食べていたら電話がかかってきて、それは某劇団の人で、とある相談を受けた。その人はちょうど昨日夢に出てきたので、おお、これって予知夢やん?、とか思った。思いのほか長電話になったので、ぶりの照り焼きや味噌汁が冷めてしまった。しばらくすると某所から催促の電話がかかってきた。いやほんとに、申し訳ない。今日中にメールします、と神妙な気持ちで謝って電話を切った。横浜の、こうした奥まったところにいると、不思議と、電話の先の相手も遠くに感じるものですね。そのあと、とあるメールが来て、ちょっと、いや、だいぶ、へこんだ。酔いがまわった気がした。ヤケになってどこかもう一軒飲みにいこうかとも思ったけど、いや疲れてるんだなと思って、家に帰って仮眠をとることにした。チャリをこぎながら、呪いの言葉を吐きまくってみた。別にすっきりはしなかった。こういう些細なことが、鬱を招いたりする。やる気はもう全然なかったし、もうめんどくさいからこの大して幸福になるかどうかわからないような人生を続ける意志を失ってもいいのかなと考えたりもした。でも長年の経験でわかっているのは、こんなプチ憂鬱な気分なんて、ちょっと寝るだけでコロリと治るのだ。まったく馬鹿げている。根本的に阿呆なんだろう。シリアスに考えきることができない。そして実際、あっというまに回復したのだ。







 

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