BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

6/16

 

*低空飛行

そろそろブログのタイトルを「低空飛行」とかにしようかしらと思うくらいの絶不調ぶりがむしろ楽しくなってきたのだが、おそらく深夜の「ひとりデモ」と称したダンスが祟ったのでしょう。いよいよ身体にガタがきた。少し長いスパンで進めている仕事の打ち合わせ作業をなんとか終えて、三鷹に五反田団を観に行くはずが電車に乗ったらもうアウト。立っていられない。無念。というわけで昨日は安静にして、今日も、本来の予定を消滅させてしまった(でも結果的に仕事が進んだという皮肉……)。

 

消滅……。近頃は、こうやって何かが変わっていってしまうたびに悲しい気持ちになる。メランコリックである。とはいえ少し前までは「感情というものが全く消えてしまった!」とか感じていたのだから、これは進歩というか、わたしにも人並みの感情があったのだとは思えた。

 

思考が冴えないと、ついインターネットを巡回してしまうのだが、すると人々のつぶやきやら意見やらの、その向こう側に隠れているダークサイドが透けて見えてきて、なんだかおののいてしまう。げ。と思う。ある意味、嗤えてはくる。馬鹿にしているわけではない。その痛みには今、すごく共感するところがあるから。このわたしのブログにしたって表皮をぺろりと剥いでみたらナカナカノモノが出てくるであろうね。

 

 

 

さて原発の再稼働が決定されてしまった。実力阻止、といったような事態がもしかしたら勃発するのだろうか。しないのだろうか。革命は、起こらなかった。事実、この国では、革命は、起こらなかった。今後も起こりはしないだろう。その意味では今、悲惨な内戦を繰り広げているシリアと比べてこの国がマシだ、なんて言うことさえもできないのかもしれない。

 

わたしは何のために仕事をしているのであろうか?、とこんな時は思う。このタイミングでの原発の再稼働という不思議(これは原発産業に依存せざるを得ない地元経済、および、それを含み込んで成立している日本経済といった構造も含めてのものだ)を止められないのだから、それで物書きなり編集者なりの端くれとしてやってていいのかという気持ちにもなってしまう。「仕事はそうですね、金を稼いで幸せになるためです」と答えられたらスッキリするので、今後はそうシンプルになるように努力したいものですが、もっと何か大きなもののために仕事したいという気持ちはやはりあって、しかしそれは人々にとってはただのお節介でしょうか。

 

これは愚痴になるのだが、結局のところ、みんな、自分が褒められたら嬉しいのだ。褒められなかったら、悔しい、もしくは、嫉妬、もしくは、怒り、なのだ。その気持ちは分からなくはないけど、わたしはもう、ずっと前からそんな毀誉褒貶モードとかどうでもいいと思ってるし、紹介にせよ審査にせよ批評にせよ編集にせよ、演劇人たちに好かれたくてやってるわけではなく、別のものを見て、目指して、仕事をしているのに、それがもしかして、全然伝わってないのかもな、と思うと、絶望する。徒労感半端なくなってくる。いや、分かってくれてるのかもしれないけど。そう信じたいけど。とにかくもう今後はそういったことから逃れていきたい。もっと違うコミュニケーションがしたい(その点で、広田淳一さんと対話できたのは良かった)。芸術の、その先が見たいのだ。わたし自身は芸術家ではないただのコバンザメのような存在だが、それでも夢は見ているのだよ。

 

いや、しかし、信じましょ。わたしは誰に向けて喋っているのでしょうか? マンガでも読んで寝なさい。

 

 

なんかこうブログを書いていてさえ調子が悪い。何書いているかもよく分からないな(いつものことか……)。しばらくほんと休みたい。次号の「mau leaf」はなかなか度肝を抜く内容になりそうだけど、その編集作業が終わったら、ひとつ大事なミッションのみに仕事を絞って、あとはちょっと様々なものを控えめにして過ごしたいと思う。その頃にはきっと梅雨も明けて、ビールが美味いだろうな。海に行って、ビールでも飲もうっと。夏休み。

 

 

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