BricolaQ Blog (diary)

BricolaQ(http://bricolaq.com/)の日記 by 藤原ちから

デュッセルドルフ滞在記2-14

 

14日目、水曜日。昨夜の誓いに従って辞書を買いに、インマーマン通りへ。すると奇遇というのは続くもので、707のトラムを降りたところで、あの元・駐在妻の方(という呼び方もアレですが)にまたもや遭遇。「オフィスがすぐそこなんですよ」と誘っていただく。日本人とドイツ人が一緒に働いていて、オフィスの窓からはラインタワーが見える。

 

 
いったん昼寝をしに部屋に帰ったところで、ニッポン・パフォーマンス・ナイトのフライヤーが完成したとの知らせ……。FFTの事務所で、ユリアやマリーから実物を受け取る。おー、いい感じ! ENGEKI QUEST(演劇クエスト)のイメージ写真は、マニラで撮った武田力の後ろ姿になっている。ポスターにもでかでかと掲載。デュッセルドルフ中に張り出されるといいな……

 


明日からハンブルクなので、仕事に集中する。ENGEKI QUESTの原稿の一部を翻訳者(菅原ちゃん)に送るために、あきこさんやmiuさんとメールで調整をした。特に問題になったのは文章の濃度と、ナチスについての記述など(こちらは保留)。大事なコンセプトのすり合わせができたと思う。以下に少しだけ記す。

 

ENGEKI QUESTのテクストは、あの「冒険の書」だけで完結するものではなくて、参加車が実際にその場に行って読むことを想定してつくられている。つまりそこで参加者が見るであろう景色を借景しているわけで、それがあって初めて成立する。むしろできるだけ描写は削ぎ落として、その場に実際に行かないとイメージが立ち上がらないようにしたい。では、すでにその場所に行ったことのある人であればどうだろうか? もちろん部屋の中で「冒険の書」を読むだけでも、空想の旅は不可能ではない。でも実際にそこに立つことに比べればイメージの復元の精度は明らかに下がるし、なんといっても、歩いてそこに移動する(他者が存在する町の中に立つ)負荷のない状態ではあまり意味がないと(作者としては)考えている。だから「小説」よりは「戯曲」に近いと思うし、ENGEKI QUESTは、藤原ちからの書いた小説を読む(追体験する)とかではなくて、あくまでも参加者自身がそれぞれのイメージを立ち上げ、物語をつくっていくものにしたい。そのための最低限のインストラクションがあれば充分だと思っている。

 


ほんとは一杯ひっかけたかったけど、明日からのハンブルク滞在に備えて早めに部屋に帰ることにした。とはいえ、遠足の前の子どもみたいにワクワクして眠れない。

 

 

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デュッセルドルフ滞在記2-15(ハンブルク番外編1)

 

15日目、木曜日。中央駅の近くにあるバスターミナルは、様々な人種でごった返している。クロアチアとかもここから行けるのか……。バス(キール行き)は、エッセンやブレーメンを通過して、予定より30分遅れくらい(6時間半)でハンブルク中央駅に到着。バスを降りた瞬間、「風が違う……!」と感じたのは気のせいかもしれない。とはいえ、海からは100キロ離れているものの、運河の多い港町であり、心が躍る。

 


さて最初のミッションは、ある夫婦から仰せつかったもので、鍵を探してほしいというもの。数年前に約束された「愛」がそこに書かれているらしい。が、実際それがあるという橋に行ってみると、あまりにも無数の鍵が……。き、聞いてないよ〜。とりあえず長旅の疲労をとらないといけない。港沿いにある売店で、生魚っぽい具の入ったビスマルクなんとかっていう名前のハンバーガーを発見したので、ビールと共に試してみる。う、美味い……! 何かの魚を酢漬けにしたものだった。売店の女たちには「謝謝」と言われて、いや、日本人だよ〜、と返す。こういう(中国人や韓国人と間違われる)やりとりは、外国ではよくある話だけど、デュッセルドルフではまず体験することがないので、むしろ新鮮。

 

で、気力を復活させたところで1時間以上「愛」探しにトライしてみたのだが、結局見つからず、時間切れに……。悔しいし、依頼主の力になりたかった……けど、真に深い愛は目に見えないものなんだな、と思えば、それはそれであきらめもつく。ぜひご夫婦には末永く幸せになっていただきたい、と念じて、その場をそっと立ち去る。

 

 


目的地のアートスペースFRISEは、ハンブルク中央駅から少し西に行った、アルトナと呼ばれるエリアにあった。とても穏やかで、治安も良さそう。到着するなり、いろんな人が気さくに話しかけてくれる。今回の目的はポートジャーニープロジェクトのアニュアルミーティングへの参加。たまたまドイツに滞在しているなら、ということでお声がけいただいたのだった。今回の受け入れ先であるFRISEの提唱する「HYPER CULTURAL PASSENGERS」とリンクする形で開催されるらしい。

 

あれ、日本人かな、と思う女性がいたので思わず「日本人ですか?」と訊いたら彼女はアメリカ人(チャイニーズ・アメリカン)で、逆に隣にいた白人風の人が「ぼくは日本語が喋れますよ」と話しかけてきたのだった。彼はダンカンさんという名前で、語学に長けており、このあと滞在中、とてもお世話になることに。

 

参加者はこの日ですでに30人くらいいたので、ひとことずつの自己紹介のあと、ごく簡単なアイスブレーキング。それからバーベキューをやって、ギャラリーで展示されている作品をみんなで鑑賞して、あとはそのままギャラリーの中で呑むという流れ……。ビールやワインが大盤振る舞いされる。ポートジャーニーの企画主宰者である象の鼻テラス(スパイラル)からは先行隊として橋爪亜衣子さんが来ており、三田村光土里さんや、ロンドンの学校を卒業したYuki Kobayashiくんなど、海外で活動する日本人アーティストも何人か来ている。上海から来ているEvelynの中国語名は、日本語にすると「菊桜」という花づくしの名前で、とりあえず「菊ちゃん」と呼ぶことにした。とにかくいろんな都市から人が来ている……。日本人以外とは英語でコミュニケーションをとるが、その英語も国によって(人によって)全然喋り方が違う。ドイツ語を耳にすることはほとんどなかった。

 


個人的に、ここまで2週間、ENGEKI QUESTのことを考えてきたので、こうして違う空気に触れるのはたぶん良いことだと思う。だいぶ酔いが回った頃合いで、誰かが犬を連れてきた。種の名前はわからないが、とても美しい大型犬だ。こうやって撫でてあげると悦ぶんだよ、と犬をさする男の手つきはなんだかエロティックで、彼女もまた、その愛撫を官能的に愉しんでいるようである。

 

 

 

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デュッセルドルフ滞在記2-16(ハンブルク番外編2)


ハンブルク滞在2日目、金曜日。夢の中で、わたしは魔性系の女性にたぶらかされているようだった。やたらとスキンシップしてくる。まあそういう人はいる。特にイヤではなかったので、わたしはそれを受け入れていた。するとあきこさんがやってきて、わたしの背中をつねり、「あの子はやめといたほうがいいと思うよ。ま、ちからさんの趣味なら仕方ないけど」と言う。まあでも悪い気はしないからな、と思っているところで目が醒めた。こういう夢はデュッセルドルフでは見なかった。というかやっぱりENGEKI QUESTの創作中はエロティックな気分をだいぶ抑圧というか封印しているのかもしれない。というかこんなところにあきこさんを引っ張り出してしまって申し訳ない(でも実際言われそうだなと思った)。

 


そんなことより二日酔いのほうが問題だった。とりあえず(ホース部分が割れていてそこからお湯が出る)シャワーを浴びて、コーヒー飲んで、なんとか立て直す。そして3チームに別れてハンブルク市内のツアーに出発。わたしはMicheal OlokodanaとTill Krauseが案内するチームになったのだが、これがわたしの関心にどんぴしゃだった……。

 

ナイジェリア出身のマイケルは、(就労ビザを持っていない)アフリカ人たちが食いつなぐための倉庫エリアに連れていってくれて、そこの食堂でアフリカ料理を御馳走してくれた(こういう費用も全部FRISE持ちという……)。食堂でベビーカーを引いていた男とたまたま話したが、キプロスから来ているとのこと。このあたりの料理はアジアとアフリカがミックスしていたりするんだよ、と教えてくれた。食堂のおばちゃんも気さくで、最後は投げキッス……。マイケルもこのあたりで働いていたらしい。本来は印刷工とのことだが、就労ビザがないためにその仕事はできないのだという。

 

またティルは、ハンブルクの中のいくつかのモニュメントを案内してくれたのだが、最も興味深かったのは、彼らがやっている「City as a Map of Ideas」というプロジェクトで、これはENGEKI QUESTにもかなり通じるものを感じる。この日はティルとその話はできなかったけど、いずれあらためてコンタクトをとってみたい。

 


二日酔いで数時間歩いたので疲労困憊。部屋で少し眠る。それから、昨日バスの中で書いた岩渕貞太『UNTITLED』の劇評を推敲する。部屋でwi-fiが通じないので、廊下から京都アトリエ劇研にメールを送信……。そんなわけで、みんなでクッキングするセッションには参加できなかった。料理ができあがった頃合いに降りていくと、「なに今頃きたの〜」とダンカンさんが笑う。あい、すみやせん……。とはいえ、世界各地から持ち寄られたレシピによる料理はとても美味しくて、またもや酒と会話が進むのであった……。まあでも疲れていたので、この日は早め(それでも23時くらい)に切り上げる。

 

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デュッセルドルフ滞在記2-17(ハンブルク番外編3)

 

ハンブルク滞在3日目、土曜日。この日は10時間近く、ひたすら英語のプレゼンを聞き続けるというハードな日……。前のめりになる話もあれば、全然耳に入ってこないものもあり。もちろんわたしの英語力の問題もあるけれど。

 

非常に興味深かったのはアンマン(ヨルダン)のReham Sharbajiのプレゼン。通訳でもある彼女は、自分の映像作品をここのギャラリーで展示しているにもかかわらず、その話は一切せず、アンマンのアートシーンについて語ってくれたのだった。彼女の語るヨルダンの姿はわたしがイメージしていたそれとは全然違うもので、ものすごく新鮮だった。ぜひ後で話したい、と申し込んで、ディナーの時間にゆっくり話した。「これは失礼かもしれないけれど……」と前置きした上で、治安についても質問する。アンマンは安全だと思うけど、プライバシーはないかもしれない、でも私は「政治的」じゃないから大丈夫、と彼女は言う(イデオロギー的ではないという意味で)。ISやシリア内戦の影響については、国境で軍隊がせき止めているそうだが、その情報はメディアではほとんど入ってこないという。また、彼女の関心が都市にあるらしいことも興味深い。コミュニティというより、可変的な都市に関心があるのだと彼女は言う。レハムとはいずれ何らかの形で一緒に仕事をしてみたい。そのためには一度ヨルダンに行ってみないとな……。

 

ヘルシンキから来ているアリーナたちのスペースも面白そうだった。こういうのって恥ずかしいかもな、と恐れつつ、アキ・カウリスマキの映画が実は好きで……と話すと、セッポが「カウリスマキは友だちだし、普通にいるよ」と言う。もちろん本当かどうかは今はわからないけど、映画好きとしては興奮を禁じ得ない。白夜の映画祭、というのが夏にあるともアリーナは教えてくれた。白夜か〜

 


プレゼン大会では、難民についてのプロジェクトの話をいくつか聴けたのも良かった。特にFilomeno Fuscoのは印象的で、なぜかというと、ともすればシリアスになりがちな問題を扱っているにもかかわらず、そこに関わる人々が幸せそうだったからである。レストランで難民たちと一緒に料理をつくる、というシンプルなものだったが、実際この夜にその人たちも来ており、我々のためにカレーを振る舞ってくれたのだった。おそらくFilomenoにとって、難民たちは彼の作品の対象物ではなく、あくまでも良き友人なのである。

 

 

様々な考え方があるし、あっていいとも思うけれど、わたし自身の創作の倫理としては、やっぱり作品のために他人を「対象物」としてしまうことには抵抗があって、だからその意味ではただ「友だち」になりたい。もちろん友だちになれる人となれない人はいるし、そのために「作品」になりえないこともありうる。当然、かなり偶然性に左右されることにもなる。それでも、わたしにとってはその偶然性(あるいはその集積としての運命)と付き合っていくことのほうが面白い。ここ(ハンブルク)に来る前は、そういうのって作家としては甘い考えかもな……と頭の片隅では思っていた。もっと残酷にコンセプチュアルに「作品」をつくるということが、アーティストとしては必要なんじゃないかと。でも今となっては、究極的にはただ旅をして、各地でいろんな人と友だちになる、ということそれ自体がわたしの作家性であるようにも感じている。もちろん「作品」もいちおう(いや、いちおう、ってこともないけど)つくるけど、それよりもそのプロセスというか、誰とどう何を交わし合って生きていくか、ということのほうがわたしにとっては大事で、しかもそれはお互いに人間である以上、いつもうまくいくとはかぎらない。どんなに倫理的でありたいと願っても、人間が不完全な個体である以上、失敗ということはその活動の総体の中にどうしたって含まれるのである。……こうしたこの考え方(生き方)は、きっと世界的に通用する、と今は思う。少なくとも手を結べる人たちは世界のあちこちにいる。とはいえ「そんなのは作品じゃない」的な考え方が未だに根深くあることも理解できるし、わたし自身、なし崩しに「なんでもアリ状態」になることはまったく望んでいない。だからこそ旧来の美学的クライテリアとは異なる言説が必要になるわけで、そこでは批評家としての能力が役に立ってもくれるだろう。

 

ちなみにそれは「演劇」の枠を越えていくという話とも繋がる。「こんなのは演劇じゃない」的な話はどこの国にもあって、おそらくこの10年くらい、世界同時多発的に繰り返されてきたセリフなんだろう。しかし今や、そのセリフがもはや過去の異物であるという意識もまた、世界的に共有されている。演劇をはじめとして様々なジャンルで培われてきた芸術(すなわち技術/視点/知/哲学)とそれを抱えたアーティストたちはすでに都市に潜入(penetrate)しているし、芸術は(それぞれの)社会とはもちろん関わるけれど、別にただ社会のためにやっているわけじゃない、的なこともかなり共有されてきていると感じる。後はそれらの個別具体的な取り組みを、いかにネットワークし、またいかに言説化し、そしてのちの世代に繋いでいくことができるかという。おそらくそういうことが批評家としての自分のこれからのミッションになると思う。

 


あと実は来年のマニラ(KARNABAL)に向けて密かに温めているアイデアのために、あ、この人かも、と思える人に思い切ってオファーをしてみたのだが、「私、今からベルリンに帰らないといけないの」との答え……。うーん……。しかしこれでベルリンに行く理由ができた、とポジティブに考えることにする。さらにはこの日にベルリンから来たNobuhiko MurayamaさんやSako Kojimaさんからも遊びにおいでよと誘っていただいたので、これはもう行くしかない(デュッセルでの創作がひと段落すれば……)。ベルリンはアーティスト・ヘブンだよと多くの人が言う。それがいいことかどうかはわからないけどね、ともMurayamaさん。

 


夜はFRISEのミヒャエルが即席のDJとなって、みんなで深夜遅くまで踊りまくった。Yukiくんはアリーナやサンドラとセッションをしていて楽しそう。この数日間、ずっと給仕とか手伝ってくれていた中国出身の若い学生カーチンにも、せっかくだから踊りなよー、と勧める。ちょっと恥ずかしそうで踊り慣れない感じだけど、それでもだいぶ楽しんでいた(たぶん)。哲学の先生であるドクター・ヘイディもノリノリで、ああ、こういう姿を見るとまただいぶ印象が変わるよなあと思う。午前2時を回り、もう通りまくって満足したので、眠ることに。

 

ちなみにドクター・ヘイディには「批評家とアーティストを兼任することはできるの?」と質問されたので、以下のように答えた。批評家としてのわたしは、批評対象との距離を重要なものだと思っています。しかしそれはただ距離をとればいいというものではありません。わたしは作家の考え方や、その見ている世界を知りたいと思いますし、そのためには時には懐に入っていくことも必要だと思います。そしてその感覚は、アーティストとしてのわたしとも共通しています。わたしは都市の中に潜入します。けれどそこで距離がまったく消失するわけではないのです。……ドクター・ヘイディとは熱く握手をしたものだった。

 

短い滞在ではあったけれど、それでも少しはお互いのことを知れたし、できればこういう関係を続けていきたいと思う。スパイラルの大田佳栄さんのこの日のプレゼンテーションは、まさにそのことがテーマだった。「2020年の後にどうやって何を残すのか?」ということ。今回のポートジャーニーは、その具体的な足がかりになったはずである。

 

 

 

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